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第5話

それから、あの日のことはなにもなかったかのように日々は過ぎた。 相変わらず、2人きりの青春は繰り広げられていく。 そうして日々を過ごす内に雪が降り始め、本格的な受験シーズンになり、そうして季節は春へと移る。 卒業式も終わり、俺はすぐに教室を抜け出た。 いなくてもなにも問題はない。 透明人間は動きやすい。 いつものように屋上の扉を開けるとそこに悠生はいた。 「卒業、おめでとう」 「…ありがとうございます。 “先輩”」 「……そっか」 悠生は俯き、ポツリ…と言葉を溢した。 「バレちゃったか」 ごめん。 悠生の秘密を知ってしまった。 なんとなく予感していたんだ。 悪い予感ほどよく当たる、なんて使いもしない言葉が頭を過るほど嫌な予感だった。 そうでなれば良いと願った。 それでも、その予感は的中だった。 俺が生まれる前、この学校で飛び降り自殺があった。 よくある噂だ。 だけど、それは噂ではなく現実にあった悲しい出来事だった。 その生徒は運悪く自転車の駐輪場の屋根に頭をぶつけ、ぶつけた場所が悪く…、と新聞に小さく記載されていた。 なにも問題のない人間が高所から飛び降りるはずがないのに、人間関係を調べているなんて書かれていて頭に血が上った。 他人の不幸を願う奴がいる。 その不幸を喜んで聞く奴がいる。 クソだ。 クソしかいない。 図書館でその新聞を読んだ時、人目も憚らず泣いた。 その事実があまりにも痛くて。 硝子片が突き刺さるような、冷たく温度を奪う氷のような、そんな感覚にただただ泣いた。 なのに、目の前の悠生は怒ることもせず、少しだけ泣きそうな顔をした。 「2000何年生まれ?」 「2008年生まれ」 「わっかいなぁ。 俺は、1990年生まれ」 「そっか。 そんなに、先に生まれてたんだ」 「ん。 おじさんでごめん」 「若いじゃん。 俺と同い年にしか見えない」 見えない… 悠生だけが、その日に閉じ込められている。 ここから飛んだ日からずっとずっと屋上にいた悠生。 ずっとこの姿でいたのに、生きていたらもっと大人だったなんて…。 悠生だけが中学3年で時が停まっている。 俺を引き留めたのは自分のようになって欲しくないという願いだったのか。 それとも、他に理由があったのか。 俺には判断が出来ない。 だけど、 だけど…… 「卒業しても、ここからみてるから。 元気でな」 この気持ちだけは“確かなモノ”だ。 じゃあな、と言おうと口を開いた悠生の声を遮った。 「最後にっ、思い出……ちょうだい」

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