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[3] 朝日
――コンコンコン
「ジェラルド様、おはようございます。」
――コンコンコン
「……ジェラルド様?起きてらっしゃいますか?」
誰かがドアをノックする音で、レオネは目を覚ました。薄いカーテンは太陽の光をほぼそのまま受け入れ、部屋はしっかり明るくなっている。レオネは身を起こそうとしたが、太い腕と広い胸に抱きしめられていて身動きが取れない。抱きしめているジェラルド当人は無防備な寝顔を晒しスースーと気持ち良さそうに寝息を立てていた。
シーツの中でなんとか手を動かし、彼の剥き出しの脇腹を撫でながら囁いた。
「ジェラルド……起きてください」
「ん……」
薄く開いた瞼の奥に黒曜石のような瞳がチラリと見える。その瞳はレオネを捕らえるとふわりと微かな笑みを浮かべ、さらに強く抱きしめレオネの首筋に顔を埋めてくる。
「ジェ、ジェラルドっ……! 起きてください」
小声で呼びかけつつ、今度は強めに裸の上半身を叩く。きっとドアの外にいるのはジェラルドの秘書ウーゴだ。レオネがここに居ることを悟られるわけにはいかず大きな声を出すことができない。
――ドンドンドン!
「ジェラルドさま〜! 起きてくださーい!」
「んー……」
レオネとウーゴの呼びかけにジェラルドはやっとレオネの首筋から頭を離し、ぼんやりとレオネを見つめた。
「おはようございます……。お時間大丈夫ですか?」
レオネは小さく尋ねた。ジェラルドはハッとしたように身を起こし、サイドテーブルに置かれた懐中時計を手で取り確認する。
――ドンドン
「ジェラルドさま〜!」
ジェラルドがウーゴに気づき、やっと返事をする。
「……すまん! 今起きた!」
ベッドの中から声を張って答えた。
「朝食どうされますか? 何かお持ち致しますか?」
「いやいい。食べてきてくれ」
「畏まりました。では八時半にはこちらを出ますので、ご用意ください。」
「わかった」
一連の確認を終えウーゴが立ち去ったようだ。過ぎ去る足音を聞いて、ボフッとジェラルドが再びベッドに横になった。
「……おはよう。……騒がしくてすまん」
レオネはなんだかこの寝起きの年上の男が可愛く思えて頬を撫でた。
「いえ、こんな時間まで居座ってしまってすみません。私ももう出ますね」
「いや、君はゆっくりしていけ。宿には言っておく」
ジェラルドはそう言うとレオネの唇に軽くキスをし起き上がった。下穿き一枚の姿で部屋の中を歩いていく。
昨晩の情事後、ジェラルドはレオネを丁寧に掃き清め、部屋に一枚しか備え付けられてなかったガウンを着せ、自分は下穿きのみで寝ていた。
ジェラルドが顔を洗い髭を剃り髪を整える様子をレオネはベッドに寝転びながらぼんやりと眺めていた。
今この時間がとても幸せに感じる。だか昨日酒場で彼と話していた時以上に淋しさも感じていた。このまま時間が止まってほしいと思ってしまう。
ジェラルドが衣服を持ってベッドに戻ってきて、ベッドに腰を下ろし靴下を履き始める。レオネはジェラルドに近づき、その尻に猫のように頬擦りした。柔らかな生地に包まれた硬い筋肉質の尻。
「こら、こら」
ジェラルドが笑いながら言い、子供をあやすようにレオネの髪を撫でる。
レオネをあしらいながらジェラルドは着々と着替えを進めていく。上質なシャツにラインの美しいスラックスをサスペンダーで留め、センスの良いタイを締める。ベストには懐中時計の金の鎖が光り、ジャケットも昨日とは格段に質の良いものだ。昨日はバラルディ商会の会長と聞いて驚いたが、今そこには確かに大豪商トップの男がいる。
レオネはガウン一枚で寝乱れている自分が恥ずかしくなり、ベッドから降りると手櫛で髪を整えつつ、ジェラルドに背を向けガウンの合わせを直す。すると急に後ろから抱きしめられた。
「目の保養だったのに……」
ジェラルドがクスクスと笑いながら言った。カッと顔に熱が上がった。安宿のペラペラのガウン越しにジェラルドの上質なジャケットの質感を感じる。
ジェラルドが微かに溜息をついた。
「そろそろ行かなくては」
ジェラルドはレオネを抱き締めていた腕を解くき、レオネを自分の方へ振り向かせた。
淋しさがこみ上げてきて縋り付いてしまいそうだ。たった一夜過ごしただけの相手に。重い奴だと思われそうなので必死に耐える。
するとジェラルドがレオネの髪を撫でつつ、思い切ったように言った。
「レオネ、君の名前が……、フルネームが知りたい」
それは『また会いたい』と言われていると同義語だと感じ、レオネの胸に嬉しさが広がった。
「レオネ・ロレンツ・ブランディーニ、です」
「ブランディーニ……! 君はブランディーニ侯爵の……」
ジェラルドが驚いたように言う。「なるほど、あの領地か……」と呟くジェラルドにレオネは微笑みながら言った。
「ジェラルド、貴方に出会えて良かった。これからのこと、私に何が出来るか考えてみます」
しっかりと宣言する。今ジェラルドに言うのは自分に言い聞かせる意味もあった。
「慎重に。だが一歩踏み出すことが大事だ。健闘を祈るよ」
ジェラルドはそう言うと、再びレオネを抱き寄せ深くくちづけた。レオネもジェラルドの背中に腕を回し抱きしめる。
やがて名残り惜しそうに二人は離れた。
ジェラルドは一年旅に出るとは思えないほど小ぶりなトランクと帽子を持ちドアを開ける。
「あ、あの…」
レオネは思わず呼び止めた。ジェラルドが動きを止めてこちらを見る。
「行ってらっしゃい。お気をつけて」
レオネが思い切って言った言葉にジェラルドは笑顔で答えてくれた。
「ああ、行ってくるよ」
――パタン。
扉が閉じ、ジェラルドの足音が遠くなっていく。
部屋に静寂が訪れた。
バフッと、レオネは仰向けでベッドに倒た。
(なんだったんだろう。この怒涛の一夜は)
レオネはそのままぼんやりとしばらく天井を眺めていた。
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