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支店
ジェラルド・バラルディとの出会いから一月後のとある日。レオネはカルロの店を訪れていた。
カルロが働く道具屋は港町ラヴェンダの繁華街にある。店内には家庭用品を始め、釣り具、煙草道具、舶来品の懐中時計などジャンルを問わず並べられている。そんな店の端の小さな商談スペースでカルロと膝を突き合わせ話した。
「で、あの時のバラルディさんの話を鵜呑みにして動こうとしてるってことか」
カルロがお茶を飲みながら少し意地悪く要約する。
「鵜呑みって……。まあそうかもしれないが」
カルロにはジェラルドと寝たことまでは言わず、『ジェラルドとの会話で目が覚めた』と話をした。そもそもカルロに相談しにわざわざ昼間に店まで来たのは、ジェラルドが『とにかく信頼できる人に相談しろ』と言っていたからだ。そしてレオネが思い当たったのは商人のカルロしかいなかった。
この一ヶ月、レオネは結婚以外に自分の道はないのかと探した。考えて考えて思いついた一つの案が『どこか商家や商会で働かせてもらい世間を知る』ということだった。
「でも、レオネが働きだしたら、ブランディーニ家は危ないんじゃないかって思われそうだよな」
「あくまで勉強ってことではダメだろうか」
「いや、貴族のお坊ちゃんのお遊びに付き合ってくれるところなんてないぜ?」
グサッと胸に突き刺さる言葉。ごもっともなのだが。
「ここで雇ってもらえないか? いや、給金は無くても良い」
「いや〜、こんな小さい店だし、親父と二人でも手が余ってるよ」
カルロはくせ毛の頭を搔き上げながら顔をしかめる。
「それにさ、ブランディーニ家を建て直すくらいが最終目標だとすると、うちみたいな小さい店じゃなくて、大きい事業している所を見ないと意味ないだろ。それこそバラルディ商会とかさ」
その名前を出されると戸惑う。レオネはカルロから目を逸らしながら、ずっと思っていたことを言葉にした。
「一度だけ一緒に飲んだヤツがさ、自分の職場で働きたいって言ってきたら嫌じゃないかな……?」
レオネの問いにカルロは「うーん……」と顎を拳で支えつつ言う。
「別にいいんじゃないか。『貴方の考えに感銘を受けました!』ってことなんだからさ」
レオネは目の前が開けた気がした。本当はジェラルドのもとで働きたいと思っていたからだ。
「まあ、遊びで寝た女が仕事場に現れたら恐怖だけど、そういんじゃないんだからさ〜」
アハハハ、とカルロは笑う。レオネは背中にジワッと汗が吹き出るのを感じた。
「あは……そうだな……」
(それはまさに私ではないか……!)
あの夜から四六時中、頭にはジェラルドがいる。『処女』で若い自分はジェラルドに本気になってしまっている。まだ彼が帰ってくるのはかなり先だし、帰ってきてもまた会えるのかもわからないのに。
「いや、バラルディさんが帰国するのは来年の春らしいんだ。いない間にバラルディ商会に入り込むのも気が引けるよ」
ちょっと苦しい気もした言い訳だがカルロは『確かになぁ』と頷いた。
「そう言えば、この街にもバラルディ商会の支店があるぞ。あれくらい大きい商会となると末端の支店までバラルディ氏本人はあまり関与してないんじゃねぇか。でも貿易の最前線だ。勉強にはなるんじゃないかね」
カルロが思いつきで言った何気ない話だが、レオネにはそれしかないと思えた。
「ちょっと、その支店の話詳しく教えてくれ」
それから数日に渡りレオネはその支店について出来るだけ調べた。船に積む荷物の手配や検品などを行っているらしい。
実際にこっそり事務所も見に行った。港と目と鼻の先にあり、従業員は五名程度だと思われる。
いきなり訪問して働かせてくれと頼むのも良くないと思い手紙を書くことにした。普通の市民ならばいきなり事務所を訪れても構わないだろうが、良いか悪いかレオネは貴族だ。いきなり来られても相手も戸惑うだろう。
何度も読み直し、書き直し、やっとのことで書き上げたそれに、熱意と想いが伝わることを祈りつつ、封蝋を押す。普段は家の者に託すが自ら郵便局へ行き投函した。家族だろうが使用人だろうが、これが見つかったら咎められると予測できたからだ。
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