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[5] 兄弟
――その一週間後のこと。
初夏の爽やかな風が新緑を揺らす実に気持ちの良い日だった。だが天気とは裏腹に兄エドガルドの雷が落ちた。雷が直撃した先はもちろんレオネだった。
「レオネ! これはどういうことだ!」
その手紙はエドガルドの手に握られていた。まさかと思いその手紙を思い奪い取る。差出人は件 の『バラルディ商会ラヴェンダ支店』だった。しかも開封されている。
「なっ! 私宛の手紙を勝手に読んだのですか⁉」
突発的に怒りが沸き起こりエドガルドに怒鳴る。エドガルドは腕を組んで当然だと言わんばかりだ。
「お前宛にバラルディ商会から手紙が来たんだ。何故だと思うだろう! どういうことか説明しなさい!」
ほぼ同じ高さの目線同士で睨み合う。
「説明を求めるなら手紙を開ける前にきくべきではないですか!」
「お前が正直に話すとは思えなかったからだ!」
「だったら今私の口から説明しても意味ないですよね!」
「屁理屈を言うな!」
お互い激昂して論点がずれていく。
フーッと当てつけるように溜息をついて、レオネはエドガルドを一旦無視して手紙を開き内容を確認する。
手紙はバラルディ商会ラヴェンタ支店長からで、『貴族の貴方からの手紙に驚いたが大変高栄。ぜひ一度お越し頂き話がしたい』と書かれていた。具体的な日時も記されている。レオネは一歩前進した事実に胸が躍るのを感じた。さて問題はこの兄である。
このブランディーニ家の長男であるエドガルドは跡継ぎらしく厳しく育てられ、折り目正しくまっすぐで生真面目。
髪はレオネと同じ金髪だが常に短く切り揃え、オイルで撫でつけている。服装もいわばいつ誰と会っても恥ずかしくない格好で、くつろいでいる所を見たことがない。
「兄さん、私は貴族であってももっと世間を知るべきだと思ったのです」
レオネが手紙からエドガルドに視線を移し言った。
「なのでどこか商家で働いてみたいと思ってこのバラルディ商会支店に手紙を出しました。これはその返事です」
エドガルドは額に手を当てて、フーッと当てつけの溜息を返してくる。
「なんて馬鹿なことを……貴族のお前が商家で働く? 労働をし賃金を貰う側になるというのか」
まさに貴族らしい兄の考えにレオネは内心ガッカリする。
「兄さん、時代は変わっています。貴族だからと領地からの収益だけに頼っていてはいずれ立ち行かなくなる。すでに商家と組んで商売をしている貴族もいます」
エドガルドはレオネの返答にフンッと鼻を鳴らした。
「だったらそれはお前のすることでは無い。父上と私の役目だ」
その言葉がレオネをえぐる。結局『家』と言う枠組みの中では家長と長男だけが力を持つ。次男以下の男児、及び娘や妻はその所有物でしかない。
「それに支店なんてまさに労働するだけじゃないか。組むと言う話にはならない」
「それはまずは勉強のためです。私たちは商売を知らなさすぎる」
レオネは分かって欲しくて必死に反論した。
「とにかくダメだ。お前にも領地の仕事を振っているだろう。そこから学べることもあるはずだ。それにこれまで通り社交界で人脈を広げるのも大きな役割だろう」
レオネの社交界での人脈作りは貴族のご婦人達に愛想を振り撒き、時にはベッドのお相手もすること……。そんなの男娼と変わらないではないか。
「兄さんはそうやってただ私に縁談がくるのを待って過ごせと言うのですか……」
「……レオネ、父上がきっと良い話しを見つけてくださる」
レオネは唇を噛み締めた。
「今回の件、父上には黙っておいてやる。断りの手紙は私が出しておくから」
エドガルドはそう言うと、レオネの指から手紙をスッと抜き取るとその場を去っていった。
レオネは黙って見送るしかなかった。
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