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悪寒

 それからレオネの生活はほぼ元に戻ってしまった。  領地からの収益を計算する手伝いをしたり、趣味で庭の薔薇をいじったり、ご婦人達のお茶会に招かれ愛想を振りまいたりと。以前と変わらないそれらだが、以前とは違い灰色の無意味な生活に思えた。  季節は夏へと移り日々暑さが増していた。  そんな夏のとある日、レオネは貴族達が集まるガーデンパーティに参加することになった。  とある公爵家の庭には大きな天幕が張られ、着飾った紳士淑女は、蝶のようにあちらこちらへと飛び回っていた。レオネは得意の笑顔を貼り付け、いつも通りご婦人達のお相手をする。  この暑くなってきた時期にガーデンパーティとは全くもって迷惑だ。夏用とはいえモーニングコートの中は熱がこもっていく。天幕は陽は遮ってくれるが初夏とはもう言えないこの時期にはやはり暑い。  涼風をイメージしたと思われる巨大なブルーのゼリーは食欲をそそるものではなく、その上ドレスを着込んだご婦人達がワラワラと寄ってきて余計に暑苦しいし、ドレスから盛り上がった胸に汗がテラテラと光り正直気持ちが悪い。  レオネはタイミングを見計らって解放されていた屋内に逃げた。あまり目立たなそうな場所を選んで少しタイを緩め首に風を入れていると背後から微かな風を感じた。 「レオネ。久しぶりね」  そこには深緑のドレスに身を包んだ女性がレオネに向け扇子で風を送っていた。 「ベルモンド夫人」  彼女はこのパーティの主催者でベルモンド公爵の妻だ。年齢はたぶん三十代後半。真っ赤な口紅と濃いアイシャドウ。スッと伸びた背筋に年齢を重ねても己の美貌に手は抜かない貴族としてのプライドを感じる。 「今日は暑いわね。屋内にすればよかったわ」  外を眺めながら夫人が言った。 「素敵なお庭を拝見できて良かったです」  レオネは本音も交えつつお世辞を言う。 「まだ庭いじりをしているの?」  彼女に薔薇を育てていると前に話したようだ。まったく覚えてないが。 「ええ、楽しいですよ」 「庭に出るのは人にやらせて、顕微鏡で花粉を見るくらいにしなさいな。その綺麗な肌が日焼けしてはもったいないわよ」  彼女が妖艶な笑みを浮かべこちらを見てくる。服の内側まで見透かしてくるような濃厚な視線。 「顕微鏡にはあまり興味をそそられなくて」  顕微鏡は高額だ。もし興味があるような素振りを見せて贈られても困る。 「レオネ、奥の部屋にいらっしゃらない? ここより涼しいわ」  あからさまなお誘い。このパーティに参加した段階でそうなることは分かっていた。 「……ええ、お邪魔します」  にっこり笑って彼女についていく。  彼女と二人で過ごすのはもう何度目だろうか。夫であるベルモンド公爵とは政略結婚でお互いまったく気が合わないらしい。それでも男子二人を産み義務は果たしたと言っていた。  二年程前からレオネは彼女には気に入られ可愛がられている。以前ならなんとも感じなかったのに、今日は胸の奥に不快な靄のようなものが立ち込め始めていた。 「暑かったでしょう。楽になさい」  部屋に入るなり、レオネはソファに押し倒されるように座らされ、モーニングコートを脱がされタイをほどかれた。股の間に彼女がドレス越しに膝を置いてのしかかる。  股間に圧を感じた時、レオネは思った。 (あ……無理かも……)  いつもなら女性に感じる熱を感じない。  彼女がレオネのシャツのボタンを外し、開いた胸元をねっとりとした視線で見つめられながら、胸の突起をその長い爪で掠めた。  ザワッと悪寒が走った。  今、男としての機能を果たすことは無理だと確信した。だが女性として相手が勃たなかったとなるのは屈辱。彼女がその屈辱をどう捉えるかは不明だ。 「ベルモンド夫人、あの私なんだか目眩が……」  レオネは咄嗟にそう言って甘えるように彼女の胸へ頭を凭れかけさせた。 「あらあらあら、どうしたのかしら」  レオネのただならぬ雰囲気に夫人は本気で驚いてる様子だ。彼女はレオネを介抱するように優しくソファへ寝かせた。脚も高い位置に上げてくれる。 「顔色が良くなくてよ。貧血かしら」  夫人はレオネの頬を撫で、顔を覗き込む。焦りもあって本当に血の気が無くなっていたのかもしれない。  普段の高飛車な態度と違い、母が子を慈しむような優しさで接してこられレオネに罪悪感が湧く。 「すみません……こんな情けない」  口元を腕で覆いつつ、彼女を上目遣いで見つめた。彼女はやさしく微笑んだ。 「レオネ、いいのよ。気にしないで」  そう言って頭を優しく撫でてくれる。その仕草にはもう性的な要素は感じられなかった。

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