11 / 73

剪定

 ベルモンド公爵家での失態から五日後。  レオネは屋敷の庭で薔薇の蕾を切る作業をしていた。  開花の盛りを終えた薔薇だが、暑くなってきたこの時期でも蕾を出す。このまま咲かせても色や大きさはあまり良くなく、むしろ株を弱らせるので摘み取るのだ。  黙々と作業をしていると色々なことが頭を過っていく。  改めて振り返ると、ジェラルドに出会ったあの日から女性と関係を持っていないことに気づいた。商会に入りたいと言う目標に邁進していたので、特に意識していなかったのだ。そして先日のベルモンド夫人の件で、女性に反応できないことに気付いた。  性欲が無くなったわけではない。むしろジェラルドとの一夜を思い出しては夜な夜な自身で慰める日々を送っている。だからこそまさか女性に対して不能になっているとは思いもしなかったのだ。  これは実にまずいのではないか。  結婚以外の道を探しながらも結局は上手くいかず、ではやはり自分には結婚しかないのか、と思えば女性に対して不能。では男からの縁談なら問題無いのか。いや、ジェラルド以外の男に触られるなんて考えただけでゾッとする。つまりこの状況は実にまずい。  今日も日焼けをしないようにつばの大きい麦わら帽子を被り、厚めの長袖シャツを着ている。それもこれも貴族は白い肌が結婚には有利だからだ。心ではジェラルドを想い、結婚以外の道を探しているが、長年に渡りそれが最善だと思い込まされてきた道を簡単には切れない自分がいるのだ。  パチン、パチン、と剪定バサミで蕾を切っていく。求められていないタイミングで本能の赴くままに出てしまう蕾。それを摘み取る。実に残酷ではないか。  レオネは深く溜息を付いた。 (ジェラルドに会いたい……)  来春には会えるだろうか。帰ってきたら何らかの方法で連絡してくれるだろうか。こちらから会いに行ってもいいだろうか。  レオネは自身でもこの感情はかなり異常な執着だと認識していた。たった一晩一緒にいただけなのに、ここまで想ってしまうなんて客観的にみるとありえない。 「レオネ様。旦那様がお呼びです」  気が付くと花壇に沿って作られた小道に執事のオネストが立っていた。 「三時には応接間へ集まるようにとのことです。奥様とエドガルド様もご一緒でごさいます」  レオネは薔薇から顔を上げ、オネストを見た。 「ああ、わかった。今何時?」 「二時十五分でございます」 「じゃあもう戻るよ。汗だくだ。着替えたい」 「承知いたしました」  オネストは一礼すると屋敷に戻っていった。  レオネは庭の端の作業小屋に道具を戻し、近くの井戸で手と顔を洗いながら思った。 (父さまからの話って……まさか……)

ともだちにシェアしよう!