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帰国2
吸っていた煙草の一本が終わろうとしていた時、ウーゴが走り戻ってきた。そしてベンチに朝食が入っていると思われる紙袋を乱暴に投げた。
「おい」
ジェラルドはムッとして注意しようとするが、それを遮るようにウーゴが息も絶え絶えに出っ歯ぎみの口から唾を飛ばしながら叫んできた。いつも整髪剤でべったりとセットしているセンター分けのヘアスタイルも乱れている。
「ジェ、ジェラルド様! 大変な……ことになっています!」
ウーゴはズレた丸眼鏡を直しながらジェラルドにタブロイド紙を差し出す。「有名な舞台女優でも結婚したか?」と言いつつ新聞を広げる。そこに踊る文字に目を見張った。
『バラルディ商会会長 ジェラルド・バラルディ氏同性婚!! お相手はあの“社交界のホワイトローズ”レオネ・L・ブランディーニ!』
「なっ!」
「ど、どういうことなんでしょうか? なんでこんな記事が……と言うかこの『レオネ・ブランディーニ』ってここを立つ時に酒場で会った青年ですよね?」
ジェラルドは言葉にならず、同じく動揺しているウーゴが色々聞いてくるが頭に入らない。
記事は一面に大きく掲載されており、ご丁寧に顔写真付きだ。ジェラルドの写真は何かインタビューの時に撮ったものだと思われるが、レオネのほうは隠し撮りらしく微笑んだ横顔が載っていた。動揺しつつも記事を読み進める。
『九年前に最愛のエレナ夫人を亡くし長らく独り身を貫いてきたバラルディ氏が遂に再婚した。お相手はロトロ領を治める名門貴族ランベルト・ブランディーニ侯爵の次男レオネ・ブランディーニ氏だ。レオネ氏は同家の所有するロッカ平原と伯爵位を父ランベルト氏より継承し、バラルディ氏に妻として嫁いだ模様。この婚姻によりバラルディ家は伯爵家となり貴族の仲間入りを果たした。またロッカ平原は今後バラルディ商会の事業に活用されていくと予想される。一見、業務提携目的の婚姻に見えるが果たしてそうだろうか。疑いの目で見てしまうのはやはりレオネ氏の類まれな美貌にあるだろう。一部情報では港町ラヴェンダの大衆酒場でバラルディ氏とレオネ氏を見たとの情報がある。夜更けまで二人きりで飲み、その後同じ部屋に泊まり一夜を明かしたとか。レオネ氏は社交界デビューした当時から既に一部では注目されていた人物で、歳を重ねるごとにその美しさは増し紳士淑女問わず狙ってた貴人は多い。果たしてバラルディ氏はレオネ氏を射止める為にブランディーニ家にいくら積んだのだろうか』
読み終えたジェラルドは頭を抱えた。
何がどうなっているのか。ただのゴシップ記事だと片付けるには事実も多い。バラルディ商会の新規事業にロッカ平原が第一候補となっているのは事実だ。だが何人がこの話を知っているだろうか。
「ジルベルタだ……」
ジェラルドが呟くとウーゴは「ジルベルタ様が?」と聞き返してきた。
「ジルベルタが5月頃に手紙を寄越してきただろう。あれはブランディーニ家との縁談を進めて良いかと言う内容だったんだ。私は婚姻以外の方法を進めるつもりだったから、わざわざ電話で話を進めるなと釘を差したんだ。……だがジルベルタが勝手に進めている可能性がある」
「まさかもうブランディーニ家にジルベルタ様が話を?」
「ほぼしていると思って間違いないな。あの手紙からかなり時間が経ってる。どこまで何をすすめているか……」
新聞に載っているレオネの顔写真を見る。線数の少ない荒い新聞の写真であるが、誰が見ても美しいと思うだろう横顔だ。
「彼もジルベルタの差し金か……」
ふと思い立つともうそうとしか思えなかった。
「え! ですが、レオネ氏とは一緒に飲んだだけでしょう。こういうタブロイド紙は下品に書きますからね。ほらレオネ氏の友人も一緒でしたし、まあ、あのくせ毛君は途中で抜けましたが、確か私も……」
そこまで言いかけてウーゴは自分も途中で寝てしまい抜けたことを思い出したようだ。
「……ジェラルド様、まさか連れ込んでませんよね?」
ウーゴがぎこちなくジェラルドを見る。ジェラルドは左手で顔を覆い深く溜息をついた。
「……ジェラルド様っ! なんて事を……。貴方はバラルディ商会の会長なのですよ! 何か裏があるかもとは思わなかったのですか! もう四十も近いと言うのにあんな若い男と!」
「はは、だよなー……」
もはや空笑いしか出ない。
やっぱり騙されたのだろう。彼で弟が落とせると思った姉ジルベルタにはむしろ感服する。まんまと嵌められたようだ。
そうなると『男は初めてだ』と恥じらっていたのも嘘のように思えてくる。
「クッソ……こんなことなら最後までしとけば良かった……」
「ん? 何て言いました?」
ジェラルドの最低な発言は幸いウーゴには聞こえなかったようだった。
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