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暴言1

「ジェラルド様は何時頃にお着きになるのですか」  ジェラルドが帰って来ると聞いていたその日、レオネは朝から落ち着かなかった。いや、もう前日からだ。隈を作った寝不足な顔をジェラルドに見せたくないので早く寝ようと早めにベッドに入ったものの結局目が冴えてしまい、寝付いたのは朝方だった。 「そうですね。サルヴィ駅に三時頃着の汽車に乗っていると思われますが……」  談話室をウロウロするレオネに執事のドナートが答えた。 「そうですか……」  時刻は既に三時を回っている。もう、ジェラルドは王都サルヴィにいるのか。窓辺に立ち外を眺める。良く晴れた春の日だ。  ドナートは「お茶をお入れいたしますね」とニコニコと部屋を出ていった。  レオネはソファに座りクッションを抱きしめると溜息に近い大きな深呼吸した。 (だめだ、こんなんじゃジェラルドに会う前に疲れて倒れてしまう……)  大きな期待に拭いきれない若干の不安が入り混じっている。一年ぶりの再会。そして妻として初めてジェラルドに会う。帰国の日程が知らされてから日に日に緊張が増していった。  朝から何十回、何百回と見ている時計を見つめていた時、玄関の方で扉が開く音がした。 (ジェラルド……!)  クッションを抱きしめたまま立ち上がる。 (ど、どうしよう。いきなり私がお出迎えして良いのだろうか)  その場でオロオロしていると、玄関から「レオネさん、いるかしら?」と女性の声がした。ジルベルタだった。 「はい!」  レオネは返事をしつつクッションをソファに戻し玄関ホールへ行く。そこにはジルベルタが一人立っていた。 「ああ、レオネさん、ごきげんよう」  ジルベルタがにこやかに挨拶をしてきた。 「ジルベルタ様、こんにちは」 「あのね、レオネさん」  レオネの挨拶もそこそこにジルベルタは早口で言ってきた。 「ジェラルドがもうすぐ帰って来ると思うけど、ちょっと先に姉弟で話したいことがあるの。申し訳ないのだけれど、お部屋でお待ちくださる?」 「あ、はい……。かしこまりました」  そのまま玄関ホールから伸びる階段へと促される。逆らう理由もないのでそのまま二階の自室となっているゲストルームへ向かった。  ジェラルドが帰ったらすぐに会えると思っていたので、少し残念だ。  玄関ホールからはドナートがジルベルタに挨拶している声が聴こえた。お茶を入れに行ったがジルベルタの声に玄関まで出てきたようだ。  二階の廊下をトボトボとゆっくり自室へと向かっていると外のロータリーを車が通る音がした。もしかしてと思いそのまま足を止め廊下に留まる。そう長くない間を置いてバン! と玄関扉が勢いよく開けられる音がしてレオネは驚いた。壊れそうな、いや、壊れたかもしれないと思わせる音だ。 「ドナート! いるか⁉」 (ジェラルドだ!)  ジェラルドの大声が屋敷に響き渡る。明らかな怒号でただ事ではない状況だとわかる。良くないと思いつつもレオネはそのまま聞き耳を立ててしまった。 「ジェラルド様、お帰りなさいませ。どうなさったのですか?」 「お帰りなさい。一年間お疲れ様」  驚いたドナートの声と落ち着きはらったジルベルタの声が折り重なる。 「ジルベルタ……! これはどういうことですか⁉」  バンと何か叩きつけられる音がする。 「あら、もう見たの」 「どこまで進めてるんです⁉ 私は何もするなと念押ししたはずですよ!」  しばしの沈黙。ドナートが何か言っているが聞き取れない。 「大体はその記事の通りよ」 「届けも出したんですか⁉ 文書偽装ですよ!」 「ど、どうゆうことですか⁉」  今度はあの温厚なドナートが声を上げる。 「私はブランディーニ家との縁談など了承していない! ジルベルタが私のサインを偽装したんだ」  レオネは血がザァーと下がる音が聴こえた気がした。 (ジェラルドが縁談に了承していない……?) 「そ、そんな……ジルベルタ様! ジェラルド様には手紙で何度もやり取りしてると仰ってたではないですか!」  ドナートも驚いて声を張り上げている。 「仕方なかったのよ。ジェラルド、貴方の帰国を待っていたらこんな良い話、他に行ってしまう可能性があったわ」 「爵位が欲しかっただけでしょう! 飛行船港用の土地だけなら他にいくらでも方法はある!」 「爵位も土地も手に入るのだから、この縁談が一番正解じゃない! 冷静に判断なさい!」 「判断するのは私だ!」  ドナートがオロオロと「ああ、なんてことに……」と言っている。 「……彼も、レオネも最初から姉さんの指示で動いていたんですね」  自分の名前が出てきて、レオネの心臓はさらにうるさく鳴り始めた。 「ブランディーニ家には失礼の無いように話をつけてきたわよ。レオネさんも了承しているわ」  淡々と説明するジルベルタに対し、ジェラルドは益々怒りを滲ませているようだ。 「爵位欲しさにレオネに私を誘惑するように言ったんでしょう⁉」  ジェラルドの声が玄関ホールから響いてくる。 (何……? 何を言ってるんだ……?)

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