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暴言2
「……ジェラルド、何を言ってるの?」
ジルベルタがレオネの思ってることと同じことを口にする。ジェラルドは鼻で笑いながら言葉を続けた。
「何をとぼけて……。それも含めて記事にさせたんじゃないですか!」
「そ、そんなの記者が勝手に書いたことで……ちょっと待って、話が良くわからないわ!」
冷静だったジルベルタが今度は声を張り上げて始めた。
(ダメだ、ここで聞いてるだけじゃ)
レオネは震える脚を玄関ホールへと向かわせた。玄関ホールへと降りる階段の上からホールに居る三人を見下ろす。最初にレオネに気づいたのはドナートだった。
「レオネ様……」
小さく呟いたその声に反応してジェラルドの視線が階段上に立つレオネを捕らえた。
約一年ぶりに見るジェラルドは少し髪が伸びて髭も少し濃い。最後に見た甘くとろけるような視線ではなく、射貫くような眼光でレオネを睨みつけてきた。そして低く唸るような声を放った。
「なぜ居る?」
その冷たく尖った声はレオネの胸に突き刺さった。
「レオネさんには一月にこの屋敷に移ってもらったわ」
ジルベルタが説明する。ジェラルドは相槌も打つこと無くゆっくりレオネを見つめたまま近づいてきた。レオネもそれに合わせて階段を降りる。階段下で二人は向き合った。
「ジルベルタの指図で私に近づいたんだな」
銀縁眼鏡の奥から黒い瞳に睨まれる。怯まぬように目を逸らさぬようにジェラルドを見つめ返しはっきりと言った。
「ジルベルタ様に初めてお会いしたのは八月です。海亀亭でのことをおっしゃっているなら誤解です」
できるだけ冷静にと思って発した声は微かに震えていた。
「だが、今日のタブロイド紙に全部載っている。この縁談を公表して私に破棄させないようにジルベルタが記者に書かせたんだ。そうなんでしょう? ジルベルタ」
ジェラルドが横目でジルベルタを睨む。ジルベルタは腕を組みフンッと顎を上げて答えた。
「記者に書かせたのは私よ。でも私が教えた事以外も書かれていたわ」
レオネは焦って言葉を続けた。
「私は本当にジルベルタ様から何か指示されたわけではありません! 私は……私は貴方から縁談を申し込まれたと思ったから承諾しただけです!」
自分よりも少し上にあるジェラルドの瞳を見つめる。ジェラルドの瞳がかすかに揺らいだ。だがしかし……
「私が君にこんな政略結婚を申し込むわけ無いだろう!」
レオネは身体を真っ二つに斬り裂かれたような感覚がした。目の前が真っ暗になる。
「あの時話ただろう! 家の為に身売りのような結婚をするなど時代遅れだと……!」
絶句してしまい言葉が出ない。
全くその通りだった。ジェラルドがなんの説明もなく縁談を申し込んでくるのがおかしかったのだ。しかしレオネは縁談以外の道を探しつつも行き詰まり、そこに来たジェラルドからの申し出に舞い上がり縁談を承諾してしまった。
ジェラルドはさらに小馬鹿にしたように笑い、嫌味を投げつけてきた。
「まあ、元々適当に話を合わせてただけなのだろう? 私を落とすことが目的だったのだから。君には貴族としてのプライドは無いのか。男娼のような真似をして」
あまりに酷い侮辱的な発言に流石にレオネも頭にきてジェラルドを睨み返し反論した。
「貴方はっ、あの夜の全てを否定すると言うのですか⁉ 誘った私だけが悪いように言うのは止めて頂きたいっ!」
声を張り上げ怒るレオネにジェラルドが一瞬怯んだように見えたが、それ以上に強い口調で怒鳴ってきた。
「ああ! 自分でも愚かだったと後悔しているよ!」
レオネは衝撃で息を詰めた。
レオネにとってあの夜は特別だった。これまでの人生で最も輝いた宝石のような大切な思い出だ。初めて自分からこの人と一緒に居たいと強く願い行動に出た。抱きしめられてくちづけられただけであんなに幸福を感じたことは後にも先にも無い。だかジェラルドはそれとは全く逆の消し去りたい過去になっていると言っている。
「ジェ、ジェラルド様、どうか一度落ちつきましょう! お互い誤解があると思いますので」
あまりの剣幕にドナートが仲裁に入った。
ジェラルドはレオネから視線を外すと玄関扉へ向かった。
「……商会へ行く。今度どうするか考える」
ジェラルドは静かにそう言うと出ていってしまった。扉がバタンと閉められ、しばらくすると車のエンジン音がし、去っていく。
レオネは呆然とその光景を見ていたが、やがて身体から力が抜け、階段の端にヘナヘナと座り込んだ。
「レオネ様……!」
ドナートが心配して膝をつきレオネの背中を撫でる。
レオネは水滴がパタパタと落ちて服を濡らしていることに気づいた。自分の目から止めどなく涙が溢れ出ていた。今朝何を着たら良いか悩み鏡の前で三回着替えて選んだ服が水滴を吸い込んでいく。
「ジェ、ジェラルドに……嫌われ……しまった……!」
嗚咽混じりに独り言のように小さく呟いた。
(ずっと、ずっと会いたかったのに……!)
座り込み涙を流すレオネにジルベルタが近づきドナートと同様に膝をついてレオネと目線を合わせてきた。
「レオネさん、あの……ごめんなさい。ジェラルドがここまで怒ると思わなくて……私……」
いつも勝ち気なジルベルタと違い本当に申し訳なく思っている表情だった。
「……二人は、会ったことがあったのね?」
会話の状況から判断してジルベルタが確認してくる。レオネは静かに頷いた。
「……一年前、ジェラルドが出国する時に……ラヴェンダの酒場で会いました……。お伝えせず申し訳ありません……」
ジルベルタはそれを聞くとスッと立ち上がった。
「ジェラルドともう一度話してくるわ。誤解している部分もあるし。ドナート、レオネさんをお願い」
ジルベルタはそう言うとカツカツと靴を鳴らし出ていった。レオネはただ呆然とその姿を見送った。
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