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悔恨2

「帰ってきちんと謝罪します。許してくれるかはわからないが」  ジェラルドは煙草をふかしながら肉親二人に宣言する。 「お願いね。彼、とても傷ついていると思うから」  ジルベルタが念押しするように言われ、ジェラルドは小さく頷いた。 「それと、この結婚を継続すべきかはもう一度レオネと話し合います」  一番の問題はそこだとジェラルドは思っていた。まだ二十代前半と言う可能性を大いに含んだレオネの人生を政略結婚で棒に振って良いわけがない。 「ジェラルド、レオネさんは納得してバラルディ家に来てくれているわ」 「いや、レオネは諦めているだけなんですよ。家の為の結婚が使命だと思っていた。私はレオネの可能性を潰したくない」  ロランドが先程までの怒りなんとか抑えつつ口を挟んできた。 「でもこの結婚が破断になってブランディーニ家に出戻ったらレオネの価値は下がりますよ。次にどんな家に行かされるかわからない」 「そうよ! 私がジェラルドの帰国を待たずに話を進めたのは、別の縁談があるって聞いたからよ。たしかクレメンティ侯爵の孫娘との縁談だとか。一度ブランディーニ家が断ったらしいんだけど、条件を上げて再交渉しようとしてるって……。二回目の交渉ってもうそれは決めてくると思うでしょ。それで急いで……」  ジルベルタの話を聞いてロランドが再び声を張り上げた。 「クレメンティ侯爵って男好きの好色オヤジだって聞いたことある! 寄宿舎の貴族の奴らが噂話してたんだ。男の愛人が何人もいて、特にお気に入りはパーティの客前で裸にされて……」  あまりに下品な内容にロランドが小声になる。ジェラルドはもしジルベルタが暴走していなかったら……と考えゾッとした。 「ダ、ダメよ! そんな! レ、レオネさんがそんな目に遭ったら……ど、どうするの⁉ ジェラルド、良く考えなさい!」  顔面蒼白で悲鳴を上げたジルベルタにジェラルドとロランド二人が驚く。  ジルベルタは損得で物事を合理的に考えるまさに商人の娘だ。他人を心配して感情を荒げるのは珍しい。 「そんな所と縁談を進められる可能性もあったなら、レオネにとって父さんは安全圏だったのかも……」  ロランドがポツリと呟く。  その時、また扉がノックされた。 「ジェラルド様、ウーゴです。ご報告があるのですが、よろしいでしょうか」 「……ああ、入れ」  緊迫した話から一旦そらしたくてジェラルドはウーゴの入室を許可した。  ジェラルドを筆頭に創業家の権力者上位三人が揃っていてもウーゴはもはや動じない。瓶底のような眼鏡を押し上げ淡々と話し始めた。 「お話中に恐れ入ります。ラヴェンダ支店長が先程来まして、こちらをジェラルド様にと」  ウーゴが出してきた二通の手紙。それは開封されたもので宛先は二通ともバラルディ商会ラヴェンダ支店になっている。差出人を見てジェラルドは驚いた。 「……これは?」 「昨年の六月にレオネ・ロレンツ・ブランディーニを名乗る方からこの手紙が届いたそうです。内容はこの支店で働きたいという旨であったそうで。貴族からの申し出に戸惑ったそうなのですが、話を聞きたいと返事を書いたそうなのです。ところが手紙を送ってすぐに今度はレオネ様のお兄様エドガルド様より断りの手紙が届いたとのことで……」  ジェラルドはレオネが出したと思われる手紙を開いた。 『バラルディ商会 ラヴェンダ支店 支店長様  突然のお手紙失礼いたします。私は侯爵ランベルト・ブランディーニの次男レオネと申します。先日貴会幹部の方と偶然お話しする機会あり、私はその方の話に人生が覆るほどの感銘を受けました。いかに我々貴族が甘えた暮らしをしているか、先を見る力を養おうとせずただ変わらないことを望みその場に留まろうとしているかを痛烈に気づかせて頂きました。現状の私に何ができるのか手探り状態なのですが、是非ラヴェンダ支店で働かせて頂き、学ばせて頂きたいのです。貴店からすれば貴族のお遊びに付き合う暇など無いと思われるかと思いますが、貴族との繋がりが貴店の手助けになることもあるかと思います。是非一度お話しだけでもさせていただけないでしょうか。何卒ご検討の程よろお願いいたします。 レオネ・ロレンツ・ブランディーニ』  白い上質な紙に乗ったレオネの丁寧な文字。彼の書く文字を見るのは初めてだ。そしてその文面に必死さを感じた。 「支店長曰く、ジェラルド様が帰国したら一度相談しようとは思っていたそうです。ですが今日のタブロイド紙を見てこれはすぐにご報告せねばならないのではと思ってすぐに持ってきたとのことで」 「報告ありがとうと支店長に伝えてくれ」  ウーゴは「承知致しました」と言い、部屋を出ていった。  なになに? とロランドが手紙を読もうと手を伸ばす。ジェラルドは「駄目だ」と言って読ませなかった。真剣に書いたものを回し読みするのは失礼だ。  レオネは自分なりに運命に抗おうと努力していた。ジェラルドとの会話を『人生が覆るほどの感銘』と表現していた。ジェラルドの言葉を受け止めていてくれていたわけで、決して適当に合わせていただけではない。  さて、いよいよ本当にレオネに落ち度はなく、全てジルベルタとジェラルドが悪いと言うことが分かった。となるともう謝るしか無い。許して貰えるかわからないが。 「帰ってレオネと話す」  ジェラルドは煙草を灰皿に押し付け火を消し、立ち上がった。ジルベルタの横を通りぬけつつ言った。 「どのような形になるかはわかりませんが、責任は負うことになると思っていてくださいね」  弟の強い言葉にジルベルタは頷いた。

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