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[18] 乗馬
ガタガタと揺れる車内でレオネは緊張していた。体温を感じるほど近くにジェラルドがいる。
ジェラルドと世間話をしているうちはまだ良かった。話が途切れると途端にどうしたら良いかわからなくなって落ち着かない。車窓から外を眺めみるが、見慣れた風景は特に関心を引くものはない。
先程の会話で『お尻が痛い』等と言ってしまった。流れでつい口をついて出でしまったが一瞬ジェラルドに目を逸らされたような気がして、はしたなかったとずっと後悔している。
「レオネ」
ジェラルドに呼ばれて顔を向けると、それと同時に手を握られた。
「おいで」
ジェラルドはレオネの手を握ったまま、もう片方の手を広げレオネを呼ぶ。
「ジェ……」
驚いて固まる。
「どうした? 私に触って欲しいのだろう?」
ジェラルドはそう言って広げていた手でレオネの耳に触れてきた。そして優しく微笑む。レオネがずっと欲しかったあの夜と同じ甘い笑顔と甘い声。
レオネは花に誘われる蜂のようにジェラルドに顔を寄せた。ジェラルドの唇がレオネの唇と合わさる。レオネが舌を差し出すとジェラルドがそれを吸い上げた。柔らかく甘い感覚がレオネの全身を駆け回る。
「んっ……はぁ……」
鼻から吐息が漏れる。唇、舌、上顎と口腔内を嬲られ、下半身に血が集まるのを感じた。
唇が一旦離れた瞬間、ジェラルドが運転席との間にある小窓をピシャッと閉めた。乗り込み時にジェラルドが開けたままにしたそれがレオネはずっと気になっていた。
「レオネ、もっとこっちにおいで」
ジェラルドに促され、ジェラルドの膝に乗るように横抱きにされる。レオネはジェラルドの首に両腕を回しジェラルドの頭が抱きしめるような格好になった。
ジェラルドは片方の手でレオネの尻を撫でながら、もう片方の手でレオネのシャツのボタンを外す。タイはそのままで胸元だけが開かれていく。
シャツの隙間から手が忍込み、胸の突起を探し当てると、指先で弾かれた。
「あっ……」
甘く痺れる刺激にレオネが思わず声を上げる。ジェラルドは構わずさらに大きくはだけさせ片方の突起を指でクニクニと摘みながら、もう片方に舌を這わせてきた。
「は……、あっ……あぁん……」
強い刺激に声を抑えることができない。
ジェラルドの手がレオネのズボンにもかかり、留め金を外しレオネの中心部分を握り込まれた。
「はんっ……ジェラルド……」
ジェラルドに自身の中心をフニフニと揉み扱かれながら、胸も吸われ舌で転がされ続ける。どんどん高みへと登り詰めていくレオネにジェラルドが囁くように聞いてきた。
「入れて欲しいか?」
「で、でも……こんな所で……」
運転席と薄い壁で仕切られただけのこの空間で既にこんなにも乱れてしまっている。その上ジェラルドと繋がるなんて、とレオネは戸惑った。
「良いのか? もう触れて貰えないかもしれないのに?」
ジェラルドが誘惑してくる。
そうだ。ジェラルドにはもう触れないと言われたんだ。もうこんなこと無いかもしれない。
「私が欲しいのだろう?」
ジェラルドが優しい眼差しで言ってくる。
「……欲しい。貴方が欲しい」
レオネがそう言うと、ズボンを一気に脱がされ、そしてなんの準備もなく一気に貫かれた。
「ああぁぁ!!!」
はぁはぁと呼吸音がうるさい。
あたりは薄暗く、シン……と静まりかえった広い空間。自身の呼吸と鼓動と衣擦れの音だけが響く。
状況が掴めなくてレオネは身を起こした。ベッドの上だった。周りを見回すと子供の頃から慣れ親しんだ自分の部屋だと分かった。
(夢……?)
なにが夢か、どこから夢だったのか混乱する。
自分はジェラルドと結婚してバラルディ家に住んでいたのではないか。それも夢だったのか。
あたりを見回すとクロークに象牙色のスーツが掛けられていた。ジルベルタが外商を呼んで買ってくれたものだ。段々と頭が覚めてきて、ジェラルドと共に実家へ挨拶に来たことを思い出した。
動いて下着が濡れていることに気付く。
(私はなんて夢を……)
猛烈に恥しく、そして情けなくなる。だが、幸せな夢でもあり現実との差に悲しくもなってくる。
もう一度眠ればあの夢の続きが見られそうな気がする。だが今日は昨日に引き続きジェラルドとずっと一緒だ。こんな夢を見てしまっては顔に何か欲情めいたものが出てしまいそうだ。
レオネは二度寝の誘惑を振り切って起きることにした。
時刻は五時半。カーテンをめくり外を見ると東の空が明るくなってきている。春の早朝。だいぶ寒そうだ。
レオネはクローゼットを開けた。引っ越しても置いていった服がだいぶある。防寒性のあるジャケットと革の手袋を見つけた。下着はこっそりと破棄し、服を着替え髪をざっくり束ね、今日はロッカ平原に視察に行くので歩きやすいブーツを履く。その上から見つけたジャケットを着て手袋を持ち部屋を出た。
玄関に向かって廊下を歩いているとオネストに会った。
「おはようございます。レオネ様。こんな早くにどちらへ」
「おはよう、オネスト。久しぶりだからメルクリオと散歩に行ってくるよ」
レオネがバラルディ本邸に入る際に大泣きしたオネストだが、昨日再会した時はいつもの神経質なオネストに戻っていた。
「朝食は八時を予定しておりますので、それまでにはお戻りを」
「わかったよ」
そう言って足早に立ち去るレオネの後ろから「あまり遠くへは行かないでくださいね!」と声を投げてきた。レオネは手袋を持った手をヒラヒラさせて答えた。あの口煩さを聞くと実家へ戻っていると実感させられる。
外に出て敷地内にある厩舎に入ると、鹿毛の馬がレオネを見つけ、長い尾をバザバサと揺らし前脚で地面を掻きはじめた。
「メルクリオ! 久しぶりだな」
名前を呼び鼻面を撫でてやると、メルクリオは長い舌でレオネの頬をベロッと舐めた。ヨシヨシと宥めながら馬具を取付け、厩舎を出たところでメルクリオに跨った。
「よし、行くぞ!」
腹を蹴ってやるとメルクリオは嬉々として走り出した。
朝日が登り街道沿いに植えられた並木が長い影を作っていた。うっすらとかかってる霧が光のカーテンを作り実に幻想的だ。生まれた土地の馴染みある風景なのだが、こうしていつも神秘的な表情を見せてくれ、その度に美しいなと感じてきた。朝の冷えた空気が馬上のレオネの頬と耳を撫で髪をなびかせていく。寒いのだが真冬とは違い斬りつけるような鋭さはなく、メルクリオからの体温も感じて心地よい。誰も居ない街道を一人と一頭で駆け抜け、しばらく風景を楽しんだ後、屋敷まで戻り敷地内の放牧地をゆっくりと周った。
夢の熱情がしっかり冷めた気がする。
ふと気になってジェラルド達が泊まってい棟に視線をやった。時刻は六時半頃だろうか。昨日は移動で疲れたしきっと三人ともまだ寝ているだろう。そう思った時、窓の一つがバカッと開けられた。遠目に見てもすぐ分かった。
(ジェラルドだ……!)
ジェラルドは開けた窓の縁に肘を付き、煙草に火を付け大きく煙を吐き出した後、うなだれてガシガシと頭を掻いた。離れているので表情まではわからないが、機嫌が良いとは言え無さそうだ。
(寝心地が悪かっただろうか……)
バラルディ家の屋敷は最新の技術で作られ、部屋にバスルームがあり照明も電気式でスイッチ一つで付くが、ブランディーニ家は昔ながら古い建物でそのようなものは無い。レオネはたった三ヶ月バラルディ家で過ごしただけなのに、昨日久しぶりに実家で過ごして正直不便だなと感じた。ジェラルドはきっとレオネ以上に不便を感じているだろう。
あまり観察し続けるのも失礼だと思い、レオネはジェラルドから視線を外した。
レオネを乗せて停まっていたメルクリオは不満そうに頭を揺らしていた。集中しろ、と言っているようだ。
「ごめんごめん」
レオネはそう言ってメルクリオの首元を撫でると、再び駈歩 で放牧地回る。リズミカルにメルクリオと呼吸を合わせて身体を揺らす。何周かした後、やっぱり気になってしまい再びジェラルドを部屋に目線をやるとジェラルドがこちらを見ているようだった。
馬上にいるのがレオネだと気付いているかはわからないが……と思っていると、ジェラルドが煙草を片手に控えめであるが手を振った。
レオネはジェラルドが反応してくれた事に喜びを感じた。どうしようかと一瞬迷うが挨拶をしに行くのは普通だろうと思い、メルクリオで屋敷のすぐ下まで駆けて行った。
「ジェラルド、おはようございます。早いですね」
二階の窓にいるジェラルドを見上げ、馬上から声をかけた。
「早いのは君だろう」
ジェラルドは手櫛で髪を整えつつ笑った。寝癖がピョコピョコと出ていて可愛いと思ってしまう。
「せっかくなので、乗っておこうと思いまして」
そう言いながらメルクリオの首をポンポンと叩いた。
「君の馬か?」
「いえ、私のと決まっているわけではないのですが、一番仲がいいので。な、メルクリオ」
「美しい馬だな」
ジェラルドがフッと目を細めてそう言った。レオネが「褒めて貰って良かったなー」と言うとメルクリオはブルッと鼻を鳴らした。
「あの、お部屋大丈夫でしたか?古い家なものでご不便あるかと思うのですが……」
レオネは気になっていたことを聞いてみた。もしかしたら今後またここへ来ることもあるかもしれないので、何かあれば改善したい。
「いや、とても快適だよ」
ジェラルドはケロッとした顔で言った。
「石造りで趣があっていい屋敷だな」
「でも、部屋にバスルームも無いですし……」
「全く問題ないよ。国外に泊まる時は大体部屋にバスルームなど無い」
レオネは思い出した。ジェラルドは必要のないカネは極力使わない主義だ。
「良かったです。でも何かあれば遠慮なく言ってくださいね」
レオネは「では、また後ほど」と挨拶してその場を後にした。
ジェラルドが不機嫌そうだった理由は気になるが、朝から自然に会話出来たことは良かったと思った。
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