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乗馬
レオネは暗闇の中で目を覚ました。
はぁはぁと呼吸音がうるさい。
あたりは薄暗く、シン……と静まりかえった広い空間。自身の呼吸と鼓動と衣擦れの音だけが響く。
状況が掴めなくてレオネは身を起こした。ベッドの上だった。周りを見回すと子供の頃から慣れ親しんだ自分の部屋だった。
(夢……?)
もの凄く破廉恥な夢を見てしまった。
車の中でジェラルドに抱かれる夢だった。
なにが夢で、どこから現実なのか混乱する。自分はジェラルドと結婚してバラルディ家に住んでいたのではないか。それも夢だったのか。あたりを見回すとクロークに象牙色のスーツが掛けられていた。ジルベルタが外商を呼んで買ってくれたものだ。段々と頭が覚めてきて、ジェラルドと共に実家へ挨拶に来たことを思い出した。
動いて下着が濡れていることに気付いた。
猛烈に恥しく、そして情けなくなる。だが、幸せな夢でもあり現実との差にさらに悲しくもなってくる。
もう一度眠ればあの夢の続きが見られそうな気がする。だが今日は昨日に引き続きジェラルドとずっと一緒だ。こんな夢を見てしまっては顔に何か欲情めいたものが出てしまいそうだ。
レオネは二度寝の誘惑を振り切って起きることにした。
時刻は五時半。カーテンをめくり外を見ると東の空が明るくなってきている。春の早朝。だいぶ寒そうだ。
レオネはクローゼットを開けた。引っ越ししても置いていった服がだいぶある。下着はこっそりと破棄し、服を着替え、髪をざっくり束ね、歩きやすいブーツを履く。その上から防寒性のあるジャケットを着て手袋を持ち部屋を出た。
廊下を歩いているとオネストに会った。
「おはようございます。レオネ様。こんな早くにどちらへ」
「おはよう、オネスト。久しぶりだからメルクリオと散歩に行ってくるよ」
レオネがバラルディ本邸に入る際に大泣きしたオネストだが、昨日再会した時はいつもの神経質なオネストに戻っていた。
「朝食は八時を予定しておりますので、それまでにはお戻りを」
「わかったよ」
そう言って足早に立ち去るレオネの後ろから「あまり遠くへは行かないでくださいね!」と声を投げてきた。レオネは手袋を持った手をヒラヒラさせて答えた。あの口煩さを聞くと実家へ戻っていると実感させられる。
外に出て敷地内にある厩舎に入ると、鹿毛の馬がレオネを見つけ前脚で地面を掻きはじめた。
「メルクリオ! 久しぶりだな」
名前を呼び鼻面を撫でてやると、メルクリオは長い舌でレオネの頬をベロッと舐めた。ヨシヨシと宥めながら馬具を取付け、厩舎を出たところでメルクリオに跨った。
「よし、行くぞ!」
腹を蹴ってやるとメルクリオは嬉々として走り出した。
朝日が登り街道沿いに植えられた並木が長い影を作っていた。うっすらとかかってる霧が光のカーテンを作り実に幻想的だ。朝の冷えた空気が馬上のレオネの頬を撫で髪をなびかせていく。寒いのだがメルクリオからの体温も感じて心地よい。誰も居ない街道を一人と一頭で駆け抜け、しばらくして屋敷内の放牧地へと戻った。
夢の熱情がしっかり冷めた気がする。
ふと気になってジェラルド達が泊まってい棟に視線をやった。時刻は六時半頃だろうか。昨日は移動で疲れたしきっと三人ともまだ寝ているだろう。そう思った時、窓の一つがバカッと開けられた。遠目に見てもすぐ分かった。
(ジェラルドだ……!)
ジェラルドは開けた窓の縁に肘を付き、煙草に火を付け大きく煙を吐き出した後、うなだれてガシガシと頭を掻いた。離れているので表情まではわからないが、機嫌が良いとは言え無さそうだ。
(寝心地が悪かっただろうか……)
バラルディ家の屋敷は最新の技術で作られており、部屋にバスルームがあり照明も電気式でスイッチ一つで付くが、ブランディーニ家は昔ながら古い建物でそのようなものは無い。レオネはたった三ヶ月バラルディ家で過ごしただけなのに、昨日久しぶりに実家で過ごして正直不便だなと感じた。ジェラルドはきっとレオネ以上に不便を感じているだろう。
あまり観察し続けるのも失礼だと思い、レオネはジェラルドから視線を外した。レオネを乗せて停まっていたメルクリオは不満そうに頭を揺らしていた。
「ごめんごめん」
レオネはそう言って再び駈歩で放牧地回る。何周かした後、やっぱり気になってしまい再びジェラルドを部屋に目線をやるとジェラルドがこちらを見ているような気がした。馬上にいるのがレオネだと気付いているかはわからないが……と思っていると、ジェラルドが煙草を片手に控えめであるが手を振ってきた。
レオネはジェラルドが反応してくれた事に喜びを感じた。どうしようかと一瞬迷うが挨拶をしに行くのは普通だろうと思い、メルクリオで屋敷のすぐ下まで駆けて行った。
「おはようございます。早いですね」
二階の窓にいるジェラルドを見上げ、馬上から声をかけた。
「早いのは君だろう」
ジェラルドは手櫛で髪を整えつつ笑った。寝癖がピョコピョコと出ていて可愛いと思ってしまう。
「せっかくなので、乗っておこうと思いまして」
そう言いながらメルクリオの首をポンポンと叩いた。
「君の馬か?」
「いえ、私のと決まっているわけではないのですが、一番仲がいいので。な、メルクリオ」
「美しい馬だな」
ジェラルドがフッと目を細めた。レオネが「褒めて貰って良かったなー」と言うとメルクリオはブルッと鼻を鳴らした。
「あの、お部屋大丈夫でしたか? 古い家なもので……」
レオネは気になっていたことを聞いてみた。もしかしたら今後またここへ来ることもあるかもしれないので、何かあれば改善したい。
「いや、とても快適だよ」
ジェラルドはケロッとした顔で言った。
「石造りで趣があっていい屋敷だな」
「でも、部屋にバスルームも無いですし……」
「全く問題ないよ。国外に泊まる時は大体部屋にバスルームなど無い」
レオネは思い出した。ジェラルドは必要のないカネは極力使わない主義なのだ。仕事で泊まる宿はきっと海亀亭のような安宿だ。
「良かったです。でも何かあれば遠慮なく言ってくださいね」
レオネは「では、また後ほど」と挨拶してその場を後にした。
ジェラルドが不機嫌そうだった理由は気になるが、朝から自然に会話出来たことは良かったと思った。
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