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課題1
「はい、では行きまーす」
ロッカ平原を臨む小高い丘の上に並んだ七名に、カメラマンが勢いよくフラッシュを浴びせる。
中央にはジェラルドとレオネ。ジェラルドの隣はロランド、ジルベルタ、ウーゴが並び、レオネの横にはランベルトとエドガルドだ。
カメラマンは大手新聞社の記者。あのタブロイド紙の記事を払拭させるような新たな記事を書かせることを目的にジェラルドがこの視察に同行させた。
写真撮影を終えて列が崩れる。
ジェラルドはジルベルタやロランドと共に丘からロッカ平原を見渡し話し始めた。
「本当に見渡す限りの平地だな」
「大規模な土木工事は必要無さそうですね」
「あの川から水を引ければいいわね」
「レオネ、あの川から水を引けるか? と言うか、この地域は何故川から水をひいて農業をしなかったんだ?」
ジェラルドからの突然の質問にレオネは戸惑った。
「農業はたしか土地が水を保てないと聞いてますが……。川から水を引くのは問題ないですよね?」
詳しく説明できず近くにいた兄エドガルドに話を投げる。弟からパスを受けたエドガルドは躊躇なく答えた。
「川から水を引くのは問題ないですよ。土地が砂地でして、水をすぐに通してしまうのです。砂地で育つ作物も試したのですが、あまり利益にはならなかったですね。元々この地は隣国との緩衝地でしたので、積極的な開発はしてきませんでした」
すらすらと答えられる兄と比べるとまだまだ己の勉強不足を実感する。
「じゃあ、水を引くにもしっかりとした配管が必要ね」
ジルベルタが聞く。
「そうですね。何年かに一度は川が干上がることがありますので、貯水池もあったほうが良いかと」
「干上がる頻度や期間の記録はありますか」
流れでジェラルドがレオネを通り越してエドガルドに質問を投げるようになった。ロッカ平原の現領主はレオネだ。本来なら自分に全部聞いて欲しい。しかし己の未熟さゆえだとレオネは十分すぎるほど理解していた。だから持ち前の社交的な笑顔を貼り付け横で話を聞き続ける。
「ええ、レオネが資料を持って行ってます。レオネ、過去の気象をまとめた書物わかるか?」
「確か深緑の……」
「そう、それだ」
「じゃあ、サルヴィに戻ったら調べてくれ」
「承知しました」
思いがけず役に立てそうな仕事ができたが、どう足掻いても何年もこの仕事をしてきた父や兄には敵わないと分かる。レオネの知識は一、二ヶ月でなんとか形にした付け焼き刃だ。意地を張らずわからない部分は素直に頼るのが一番良い。
――でも悔しい。
妻として求められることも無く、伯爵としての知識や経験も乏しく頼りない。先程の写真では当然ジェラルドの横に並ぶように言われそのようにしたが、自分にその資格はあるのだろうか。
一通り視察を終えて、そろそろ丘を降りることにした。
「下りのほうが滑りやすいのでご注意を」
ランベルトが注意を促す。
険しい坂ではなくジルベルタがスカートで登ってきたほどだが、それでも油断すると転びそうだ。
ジェラルドの背中を見ながらレオネは慎重に歩みを進める。貴族と言っても田舎育ちで野山には慣れているが無様に転ぶところは見られたくない。
「あっ!」
背後でジルベルタが小さく声を上げた。振り返ると同時にバランスを崩した彼女が倒れてきた。レオネはとっさに彼女を抱きとめるが砂利に滑り踏ん張りが効かなかった。そのままジルベルタを抱きながら地面からの衝撃に備えた。
「っ!」
ところが地面に倒れ込む前に二人まとめてジェラルドが抱きとめた。しかし流石に二人分の体重を支えるのは無理と判断したのか、そのまま勢いを逃がしつつ、三人で地面に転がった。
「あははっ、三人で何やってんのー!」
ロランドが指さしながら笑う。ロランド以外の人間もオロオロしながら集まってきた。
「レ、レオネさん、ごめんなさいっ! ロランド! 笑ってないで起こしなさい!」
ジルベルタが一人で起き上がれずもがく。ロランドが「もー、しょうがないなぁ」と言いながらジルベルタの手を取り立ち上がらせた。
その間、レオネはジェラルドに抱きしめられたままだった。ドクドクと鳴る心臓の音を聴かれそうで焦る。耳も熱くなっていると感じる。
ジルベルタが体勢を整え、ちゃんと立ち上がれたのを確認してからやっとレオネは動いた。
「ジェラルド、すみません。助かりました」
「あ、ああ……。怪我は無いか」
「ええ、大丈夫です」
レオネは身を起こしながらジェラルドに礼を言い、ジェラルドを起こすために手を差し出した。ジェラルドはその手を取り立ち上がる。
「ジェラルドもお怪我はありませんか」
「ああ大丈夫だ」
服の土ぼこりを叩きながらお互い怪我が無いか確認する。
「本当にごめんなさいね……」
ジルベルタが改めて謝ってくる。
「いえ、大丈夫ですよ。ジル姉さまもお怪我はありませんか」
「ええ、大丈夫よ」
「まったく、気をつけてくださいよ」
ジェラルドが眉間にシワを寄せジルベルタを注意する。
まだドキドキしている心臓を抱えながら残りの道のりを下り、麓に停めてあった車にジェラルドと共に乗り込む。車のドアを閉めてすぐにジェラルドがレオネの耳あたりに手を伸ばしてきた。
「レオネ」
「……!」
驚いて固まる。とカサッと音と共にジェラルドが枯れ葉をつまんでいた。
「枯れ葉、ついてる……」
己の勘違いに気付きレオネは顔に熱が登るのを確かに感じた。絶対ジェラルドにも分かるくらい赤面している。
「あ、ありがとうございます……」
目を逸らしうつむく。
(あんな夢見たからだ……!)
夢の中で、同じように手を伸ばされてそのままキスをした。いやキス以上のことも……。
車が走り出しても動揺は抑えられず、レオネは窓の外を見るフリをしてなんとか落ち着こうと努めた。
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