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課題2
「……人が集まってるな」
走り出してもしばらくした時、ジェラルドが呟いた。先に出た父と兄を乗せた車に、平民らしき人々が二、三十人集まっている。
「あれはたぶん、ロッカ平原の住民たちですね」
レオネは運転手に停めるように指示した。
「ジェラルド、すみませんがここでお待ちくだはい。ちょっと話を聞い参ります」
ジェラルドが小さく頷いたので、レオネは車から降り、前方のブランディーニ家の車へと近づいた。
「レオネ様だ!」
住民の一人がレオネに気付き声を上げ、レオネの周りにもワラワラと人が集まってきた。
後方で車のドアが開く音がしたのでふと後ろを見るとジェラルドが車からが降りて心配そうにこちらを見ている。大丈夫です、と目で合図し前に進む。
「レオネ様! なんでバラルディ商会なんかに!」
「レオネ様、酷いことされてませんか⁉」
「ランベルト様も酷ぇことなさる! レオネ様とロッカを売っちまうなんて!」
住民達は荒々しく不満を訴えてきた。
レオネは落ち着いて笑顔で答えた。
「皆さん、あのタブロイド紙をご覧になって心配されているのでしょうが、あれはデマです。私はバラルディ家の皆さんにとても大事にしていただいてます」
「でも、この土地でバラルディ商会は何かしようとしてるんでしょう? 俺達はどうなるんです? 出ていけとか言われるんじゃ……」
「そんなの困る! ここに生まれた時からもう六十年以上も住んでて、今さら他所でなんて暮らせねぇ」
集まった住民の殆どは中年から年配の者たちだった。目立った産業がないロッカては、若者は皆便利な都会へと出て高齢化が進んでいる。
「皆さん、どうか落ち着いてください。今はまだ情報を公開できませんが、父より伯爵の地位を継承した限りは、今後は私が伯爵としてこの地を守ることをお約束します」
レオネは住民の目を見ながら必死に訴えた。するとランベルトも歩み出て言った。
「皆さん、ブランディーニ家は完全にロッカを見放したわけではありません。レオネが嫁いでも私の実子であることは変わらないのと同様です。どうかご安心を」
住民は渋々と言った感じではあるが、一旦は引いてくれるようだった。
「レオネ様、辛かったら戻ってきてくださいね」
八十歳は超えてそうなおばあさんに手を握られ、涙ながらに励まされる。なんだか嫁ぎ先でとんでもない目に遭っているような想像をされている気がする。
「大丈夫ですよ」
にっこり笑い握られた手を包み込む。
ランベルトに目礼し、ジェラルドの元に戻った。
「お待たせしました」
「大丈夫か?」
「はい。車内でご説明いたしますね」
そう言って車に乗り込み、住民に見送られながら車はゆっくり走り出した。
「おお……凄い睨まれてるな」
窓の外を見ていたジェラルドが微かに笑いながら言った。
「すみません、誤解があるようで」
「誤解とは」
「ここでバラルディ商会が事業を始めたら、住む所を追われるのではないかと……」
「なるほど。確かに山間部に集落があるそうだな。彼らはそこの住民か」
「そうです。ほら、あの辺りです」
車窓から見える小高い山。乾燥したロッカ平原の中で唯一湧き水が出ており木が生い茂っている。住民達は三百人程度しか居なく、森の中でほぼ自給自足生活を送っている。
「見晴らしが良さそうだな」
ジェラルドは山を眺めながらポツリと言った。そしてしばらく沈黙が続く。外を見続けるジェラルドの横顔をレオネは盗み見た。何か考え込んでいる鋭い眼光。今朝見た寝起きの顔とは全然違う。
「レオネ、私があの場所に高級ホテルを建てたいと言ったらどうする?」
ジェラルドがやっと口を開いたと思ったらとんでもないことを言ってきた。
「斜面から平地がよく見えるだろう。あの高い位置からなら飛び立つ飛行船が良く見えそうだ」
「ジェ、ジェラルド……ですが、あそこは高齢者も多く住んでいます。あの地で最期まで過ごしたいと言っている人も居て……」
ジェラルドの予想外の発言にレオネは動揺した。
「でも、住民全員がそう思っているかはわからないだろ。カネを貰えるなら移り住んでもいいと言う人間もいるだろう」
確かにそうかもしれない。そうかもしれないが、たった今『伯爵としてこの地を守る』と宣言してしまった。
「さあ、レオネ。君に課題だ。あの土地をどうするのが最善か、伯爵として、商人であるバラルディ家の一員として、私を納得させられる回答を探してみろ」
突然沸き起こったの重大な課題。レオネにはとてつもなく高い山に感じた。
「こういう問題は今日明日で結論が出せることではないよ。よく調べて、よく考えるんだ」
ジェラルドが鋭い眼光をそのままレオネに向けてくる。だが期待が大きく含まれていることを感じた。
(そうだ、この人は商人なんだ)
初めて出会った夜もこんな目で商売の色々なことを語っていた。この鋭さと睦み合った時の甘さの落差に惹かれたのだと今更ながら実感する。
「わかりました。なんとしても解決策を見つけます」
レオネは再び顔に熱が登るのを感じつつそう断言した。
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