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[27] 残香

 ジェラルドとワインを共に飲んだ翌朝、レオネが目を覚ましたのは五時を少しまわったところだった。初夏の夜明けは早い。もうカーテンの隙間から外が明るいことがわかる。  レオネは寝ぼけた頭で、自身の頬と下着が濡れていることに気付いた。夢の中で泣きながらジェラルドに縋り付いていた。夢のジェラルドは優しく微笑み、レオネの全てを受け入れ、レオネの望みを全て叶えてくれた。 「ジェラルド……」  吐息だけのような小さな声で愛しいその名前を呼ぶ。  昨夜は結局喧嘩のような形になり、逃げるように自分の部屋に戻った。いや、喧嘩ではない。一方的にレオネが怒ってただけで、ジェラルドは戸惑っていただけだ。最終的にはジェラルドから『望むならここにずっと居ても良い』と、言わば許可を貰ったわけだが、決して『いてほしい』と言われた訳では無い。  『居て良い』と言われたのだから図々しく居座れば良いのだ。そうすればジェラルドのそばにずっと居られる……。  レオネはベッドから降り、バスルームへと入った。下着を脱ぎ手洗いし、堅く絞りタオルで包む。それから着替えて部屋を出て、ランドリールームへと向かった。この時間ならたぶんマルタもソニアもここへは来ないだろう。  バラルディ家のランドリールームには最新式の洗濯する装置がある。水槽の中に洗濯物とお湯、そして石鹸を入れハンドルを回して撹拌するらしく、一枚ずつ手で洗う必要が無いらしい。  部屋の床には籠が並べられ、衣服が分けられていた。その中からレオネは自分のシャツなどが入った籠を見つけ持ってきたタオルごとその中に紛れ込ませた。  足早に立ち去ろうとした時、隣の籠に入っているスタンドカラーのシャツが目に止まった。  昨日のガーデンパーティでレオネかジェラルドが着ていたシャツだと思われる。  手に取り持ち上げる。大きさ的にジェラルドの物だと分かった。それと同時に微かに汗と煙草の混ざった匂いがレオネの鼻に届いた。ハッとしてシャツから手を離す。シャツはパサッと籠に戻った。 (……私は何をしようと!)  バクバクと心臓が早鐘を打ち、血液が顔に登っていく。もう用事は済んだのだからすぐに立ち去るべきなのに足が床にくっついたように動かせない。 (ダメだ、ダメだ、こんなことバレたら……)  頭は否定しているのに身体が勝手に動いた。魔が差すとはまさにこの事だった。  籠の前にしゃがみこみ、両手でシャツを籠から拾い上げる。半日ジェラルドの身を包んでいたシャツは柔らかな触感で(てのひら)に馴染んだ。レオネはシャツを抱き込むようにそっと顔を寄せる。鼻と唇と頬に生地の感触が伝わる。そしてゆっくり息を吸った。シャツからの残り香が鼻腔から入り肺を満たす。その瞬間、海亀亭の部屋でジェラルドに抱きしめられた記憶が鮮明に呼び起こされた。 (ジェラルド……!)  もう取り取り戻せないあの幸せな一夜。  せつなさが胸を締め付ける。 「あれ、レオネ様?」  ふいに名前を呼ばれて身体が硬直した。 「こんな所で何をされて……」  ランドリールームに入ってきたソニアは籠の前にしゃがむレオネを見て言葉を詰まらせた。 「お、おはよう! ソニア! え、えっとこれは…」  立ち上がり抱きしめていたシャツを籠に投げ戻す。 「あっ、あ……、今、ジェラルド様の……嗅いで……」  驚いてパクパクと口を開いているソニアにレオネは慌てた。完全に状況がバレている。 「いや、ち、違うんだソニア! その、あの、魔が差したって言うか……」  レオネはパニックになり全く言い訳になっていない言葉を口にする。 「やっぱり嗅いでたんですか⁉」  同じくパニックになったソニアが確信を突いてくる。 「いや、嗅いでないよ! そ、そんな変態なこと! ちょっと見てたって言うか?……その、だから……」 「……嗅いでたんですね」  レオネの慌てぶりにむしろ冷静になったソニアが静かに言った。 「あ……その……」  レオネはもはや思考が追い付かず停止する。  ランドリールームにしばしの静寂が訪れた。  その静寂をソニアが盛大なため息で破った。 「はああぁぁぁ〜。レオネ様ってそんなことする人だと思ってなかったのに……!」  そしてレオネをキッと睨んだ。 「レオネ様がジェラルド様を想う気持ちって、もっと憧れとかそういう純粋なもので、その何ていうか性欲的な? そういうものは無いと思ってたから……なんか、なんか、私、すっごいガッカリです!」  ソニアの剣幕に押されレオネは「なんか、ごめん……」と呟いた。 「ソニア、それで……こんなこともう二度としないから、その……誰にも言わないでくれるかな? 本当に魔が差してしまったんだ。その、昨日ジェラルドとちょっと言い争いしちゃって、なんか淋しくて……」  ソニアは再び「はぁ~」と溜息をつき、その場にあった踏み台に腰を下ろした。 「そんな、言いふらしたりしませんよ」 「あ、ありがとう!」  ソニアは頬杖を付いて、上目遣いでレオネを見上げて言った。 「なんで……ジェラルド様に想いを伝えないんですか?」 「えっ!」 「だって、結婚してるんだから、好きって言えばいいじゃないですか」 「いや、でもそう言う結婚じゃないし……」 「レオネ様が好きって言っちゃえば、全部丸く収まると思いますよ」 「……そんなことないよ。ジェラルドはまだ奥様の事を愛してると思うし」 「奥様ってレオネ様じゃないですか」 「いや、エレナ様のことだよ。男の私では敵わない」 「そんなこと……無いと思いますけど……」  二人で取り止めのない話をする。ソニアは今までの畏まった話し方とは違い、友達に話すような気さくさだった。 「あ! 大変! 朝食の準備に行かないと!」  そう言うとソニアは立ち上がり部屋の隅にあるチェストから大判のタオルを取り出した。そして籠から例のシャツを取り出すとそのタオルでざっくりと包み、レオネに「はい」と言って渡していた。 「は?」 「一枚くらいしばらく無くてもわからないです。気が済んだらまたこの籠へ入れといてください」  ソニアは「では」と言ってランドリールームを出ていった。 「えっ、ちょっと待って! ソニア!」  レオネが廊下に出て声を掛けるも、ソニアは少し振り返りニヤッと笑うとそのままキッチンへと行ってしまった。  タオルに包まれたジェラルドのシャツを抱えてしばし考える。紳士的振る舞いとしてはこのまま籠に戻し立ち去るべきだが、レオネはそれほど出来た人間では無かった。  その夜。  レオネは寝る前に書斎机の引き出しを開け、タオルの包みを取り出した。  クローゼットやベッドの中ではマルタに気付かれそうだし、誰も開けないのは書斎机くらいだった。  今朝はあれから包みを書斎に隠してから朝食に向かったレオネだが、ジェラルドと目を合わせる事ができず会話もしどろもどろになってしまった。  昨夜の女性との結婚を勧められたことに対して、レオネがまだ怒っていると思ったジェラルドは出かける前にもう一度玄関でレオネに謝ってきた。もう怒ってないと慌てて伝えたが、ジェラルドは心配そうな顔をして出かけていった。ジェラルドが心配してくれてるのに本当の理由がこんな欲望にまみれた下らない事だなんて、レオネは本当に申し訳ない気持ちになった。  包みを持ち寝室へ向かう。物凄く悪い事をしている気分だ。ベッドに上がり、天蓋の幕を下ろす。タオルの包みの前にガウン一枚の姿で座り、そっとタオルを捲り剥がした。かなり皺が寄ってしまったシャツを持ち顔を埋めると、今朝と同じ香りがレオネの鼻腔をくすぐってきた。抱きしめても肉感の無いペラペラのシャツだが、それをジェラルド本人のように妄想して抱き寄せ顔を擦り付ける。強い匂いを感じ、舌を這わせると生地の食感しかしないのにひどく興奮した。同時にガウンの合わせから昂った自身を握り締める。 「ん……はぁ……ジェラルド……」  本人に見られたら絶対軽蔑されるし、もうここには居られなくなる。だけど熱が止められない。 「あ、あっ……んんっ……!」  レオネは自身でも驚くほど早く達してしまった。ここ一年、ペニスへの刺激だけで射精できたことが無かったのに。 「ジェラルドっ……」  淋しさがこみあげ涙がこぼれた。ジェラルドの気配だけで達っしてしまうほど彼を欲している。  ソニアはレオネがジェラルドに好きだと言えば丸く収まると言っていた。今すぐジェラルドの寝室に行き、彼に愛してると、抱いてくれと言いたい。だがレオネが一番恐れているのはジェラルドに嫌われる事だった。ふしだらだと軽蔑されたくない。だったら何も無くてもいいから彼の側に居たい。その思いの方が強かった。  レオネはガウンを脱ぎ全裸になるとジェラルドのシャツに袖を通した。全身がジェラルドの香りに包まれる。シャツは肩幅がレオネよりだいぶ広く、袖も少し長い。 「はぁ……」  レオネはシャツの生地の上からプツンと勃ちあがった両胸の突起を両手で撫でた。 「はぁんっ!」  布越しにクリクリと刺激する。直での刺激より感触が柔らかになり余計に強く弾いたり潰したりしてしまう。さらに気持ちよさに腰が揺れ、ふと見ると先程の放ったもので濡れたペニスにシャツの裾が張り付いていた。そこは再び勃ち上がりシャツを押し上げている。シャツごとそれを握り込み扱く。 「んっ!あぁんっ……ジェ……ルドぉ……」  夢中になり声が段々と抑えられなくなる。こんなの絶対に誰にも聞かれたくないのに、誰かに、もしかしたらジェラルドに聞かれるかもと思うとより興奮してしまう。  夢の中でジェラルドに貫かれた後ろの蕾がうずく。現実ではまだ指しか入れられたことが無いそこは、夢ではもう数え切れないほどジェラルドを受け入れてきた。子種を注がれ身籠る夢まで見たこともある。 (欲しい……ここでジェラルドと繋がりたい!)  レオネは身を起こし膝立ちになり右手を舐めて濡らすと尻の割れ目に手を伸ばし、穴の縁をぬるぬると指で撫でる。初めての夜にジェラルドが自身のモノでここを撫でた感触を必死に思い出す。  中指を第二関節くらいまで入れ、中でゆるゆると動かす。 「はぁ、はあぁん……」  それと同時に左手で前も刺激する。利き手でないので上手く快感を引き出せずいつも苦労する。  ジェラルドの香りを全身に纏い、あの初めの夜の光景を必死で思い出し追う。  もう何度も夢や妄想で擦られた記憶はどこまでが現実だったのか曖昧になってきていた。それが彼の香りにより鮮明に呼び起こされる。 「ああ、ジェラルド……!ジェ…ラルドぉ……」  胸の二つの飾りがかまって欲しいとシャツを押し上げツンと主張している。どこかに擦り付けたくてあたり探すと、蔓薔薇の装飾が入った天蓋の支柱に目が止まった。支柱に身を寄せ、シャツ越しに勃った肉芽を蔓薔薇の飾りに擦り当てる。 「んっ、んぁ……」  ひんやりとした金属の支柱がシャツ越しに胸を刺激してくる。ボコボコとした彫刻の感触もより強い快楽をもたらして来た。  レオネは両手で下半身の前後を刺激しながら、乳首を支柱に擦り付け続ける。 「あっ、あっ、ぁあんっ」  レオネの動きによって天蓋がキシキシと微かに鳴った。 「はっ、あんっ!……んんっ!」  レオネが快楽の絶頂を極め、前から蜜が再び吹き出した。ジェラルドのシャツごと握り込んでいたので、吐き出した白濁の露はシャツを濡らしていく。  はぁはぁと荒く呼吸をしていると徐々にに頭が冷えて冴えていく。  自分の着ていたシャツの匂いを嗅がれ、袖を通し性器を擦り付けられ、精液で汚されていると、もしジェラルドに知られたらどうなるだろうか。軽蔑されて罵られて『出て行け!』と言われるだろうか。  フラフラと体勢を整え、シャツを脱ぎガウンを羽織る。 (こんなことはもうやめよう……)  ソニアの好意に甘えてしまったがやはり人の物を好き勝手にするのは良くない。しかもこんな一方的に性欲の捌け口にするなんて。  レオネはシャツを持ってバスルームに行き、洗面台に水を溜め、自身の精液で汚れたシャツをザブザブと洗った。  ふと顔を上げると鏡に泣きそうな自身の顔が映っていた。

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