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視察3

 外に出ると陽が傾き始め集落の家々が長い影を作っていた。野次馬に集まっていた村人達はほぼ帰ったようで、家々からは夕食の準備で煙突から煙が登っている。 「良いところだな」  ジェラルドがその風景を見てぽつりと呟いた。ジェラルドがそう思ってくれることが嬉しい。そんな温かな気持ちで車へと向かっていると、突然怒号が飛んできた。 「カネの亡者は出て行け!」  村長宅の周りに残っていた若者五、六人が叫んで来た。 「コラーッ! お前たち失礼な事を申すな!」  村長が怒鳴るが若者達は暴言やめない。 「村長まで買収しようってのか!」 「レオネ様をカネで買いやがって!」 「ロッカは渡さねぇ!」  さらに彼らは小石まで投げ始める。  どれもジェラルドに対する暴言だった。レオネは全身の血が沸騰するような激しい怒りを感じ、投げられる小石などに臆すること無く彼らの前に飛び出て叫んだ。 「ジェラルドはそんな人じゃないっ!」  次の瞬間。 「レオネ!」  名を呼ばれると同時にジェラルドに抱きしめられた。ジェラルドの胸に頭を抱え込まれる。 ―――ゴッ!  鈍い音と共に周囲がどよめき、叫び声があがった。 「バラルディ様!」  レオネを抱きしめていた腕から力が抜け、ジェラルドが地面に崩れ落ちていく。 「ジェ……ラルド……?」  倒れたジェラルドの近くにはこぶし大の丸い石が転がっている。 「……ジェラルド! ジェラルド!」  地面に横たわるジェラルドを呼ぶが反応が無い。ザァーッと血の気が引く。 「うそ……嫌だ……ジェラルド!」  ジェラルドをゆすり叫ぶ。その様子に車からブラージ支店長が駆け寄ってきた。 「レオネ様! 落ち着いて! 動かさない方がいい!」  周囲は騒然となり石を投げた若者達は大人たちに捕らえられたが、レオネの意識はジェラルドだけに向いていた。  何が起こっているのか、これは現実なのか、悪夢なのか、レオネは混乱状態に陥る。 「ん……」  するとジェラルドがゆっくり目を開けた。 「ジェラルド!」 「ん、あぁ……効いたな……」  ジェラルドはそう呟き、左側頭部を手で抑え、ずれた眼鏡を直すとゆっくり起き上がろうとした。 「ジェラルド様、動かない方が……」  ブラージ支店長がジェラルドを止めるがジェラルドは「ああ、大丈夫だ」と言って上体を起こした。そして固まるレオネを見つめレオネの頬を優しく撫でた。 「怪我は無いか?」 「……私は……無いです」  レオネは呆然としつつ小さく呟いた。 「そうか、良かった……」  ジェラルドがほんの少し口角を上げて笑う。  その途端、レオネは感情が爆発し叫んだ。 「ぜ、ぜんぜん……! 全然良くないですっ!」  それから震える脚で何とか立ち上がり言った。 「ジェラルドッ! すぐに病院へ行きましょう! ブラージさん、車をここまでっ」  指示を受けたブラージ支店長は「はい!」と返事をし数メートル離れた車まで走る。 「村長! これで失礼しますが、私は彼らを許す気はありません! 今は急ぎますのでまた連絡します!」  レオネはかつて無いほど怒りながら言った。 「はい……! 大変申し訳ございませんっ!」  村長は顔面蒼白となりオロオロしながら頭を下げた。  ジェラルドのすぐ脇に車が停められる。ジェラルドを支えながら車に乗せた。幸いにも足取りはわりとしっかりしている。ジェラルドに続きレオネも乗り込むと挨拶もそこそこに車を発進させた。車窓から大人たちに捕まった若者達が見えた。呆然としていた彼らをレオネはきつく睨んだ。 「この辺で病院て、ラヴェンタまで行ってしまうのが良いでしょうかっ」  運転席との小窓を開けてブラージ支店長に聞く。 「その方が良いかと思います。ですがこの時間ですと診察してもらえるかわかりません……。いっそホテルで医者を手配させるのが確実かと思いますが」 「……そ、そうですね」  レオネもブラージもこの辺りに土地勘があるが、どう思案しても小さな診療所があるくらいで信頼出来る病院はラヴェンタまで行かないと無い。田舎であることにイライラしてくる。 「んー、結構大丈夫だぞ。頭もはっきりとしてきた」  パニックにになっているレオネとは真逆に当の本人がのほほんと言う。 「ジェラルド……本当ですか? 吐き気とか無いですか?」  レオネはジェラルドの頬を両手ではさみ目を合わせて聞く。ジェラルドは目をそらし、レオネの両手を頬から解きつつ「大丈夫だよ」と苦笑いをする。 「ちゃんと正直に言って下さい!」  目を逸らされた事に嘘をつかれたような気がして問いただす。目には涙が溢れそうになった。 「レオネ……本当大丈夫だよ」  ジェラルドはそう言うがレオネは全く安心出来なかった。 「だって! だって意識が無かったんですよ⁉」 「そうなのか? どれくらいの間だ?」  ジェラルドはそれすら自覚が無かったようでレオネはどんどん不安になる。 「十秒くらいだと思います」  ブラージ支店長の答えた。 「なんだ。きっとただの脳震盪だよ」  レオネの狼狽ぶりとは裏腹に、ジェラルドは大したことがないように笑うだけだった。

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