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視察2

 やがて車は坂道を登り丘の中に入っていく。森の中を進むと集落が見えた。珍しく車が通るので各家々からパラパラと村人が出て来る。やがて車は大きな藁葺き屋根の家の前に停止した。 「ここが村長の家です」  レオネはジェラルドにその家を指し示した。  ジェラルドと共に車を降りると、家から十人以上の人が出迎えに出てきた。周りにも沢山の住民が集まっている。 「バラルディ様! ようこそお越しくださいました!」  禿げ上がった頭を光らせ村長が出迎えたが、明らかににジェラルドを見ていた。ジェラルドがレオネの背中を微かに押し『行け』と言っている。 「ブリアトーレ村長、お久しぶりです」  レオネは笑顔で歩み出ると村長の手を両手で握った。 「今日は伯爵として視察に参りました。是非とも村長のお力添えをお願いしたい」  レオネの熱い協力要請に村長もまた両手で握手を返してきた。 「レオネ様! こんな老いぼれですが出来ることはなんでも協力致しますぞ。いや〜それにしても……ご立派に成長されて……」  ブリアトーレ村長はレオネの手を握りしめて高潮した顔でニコニコと話す。  レオネが父や兄を見て心得ていることは、老人にはとにかく根回しや相談が大事と言うことだ。『自分だけ知らなかった』『事前に相談されなかった』と言うのが一番の臍を曲げる原因になる。なので今回の視察も事前に協力要請の手紙を出しておいた。  レオネはそれから村長にジェラルドを紹介した。 「夫のジェラルドです。二人で色々お話をお聞きできればと」  ジェラルドが村長に挨拶をし握手を交わす。 「ジェラルド・バラルディです」 「バラルディ様、お会いできて光栄です」  挨拶を済ませ、早速村長に集落を案内してもらうことになった。歩きながらジェラルドがレオネにそっと耳打ちしてきた。 「もっと偉そうでもいいぞ。あと、握手は片手で十分だ」  レオネは素直に「わかりました」と応えた。 「君が丁寧過ぎるとどうも相手に誤解を与えそうだ」 「誤解?」  レオネが疑問を口にするがジェラルドはそれ以上答えなかった。  集落は丘の上ということもあり急な坂が続く。その坂を登りながら周囲を見て回るが、後ろから住民もぞろぞろ付いてきた。まるで祭のようだ。「レオネ様〜!」と友好的に呼びかけて来る者も多いが、敵意めいた視線で付いてくる者も少なからず居る。  集落は泉からの水路を中心に家と農地が点在している。ここでは家畜を育て畑を耕しほぼ自給自足のような暮らしをしている。移動手段は馬かロバで、学校は無い。親戚や知り合いの家に子供を預け学校に通わせる家もあると言う。そういう子供は大抵村の外で職につき、ここへは戻らない。  一通りの村内の視察を終え、村長宅で村の役員たち計六人から話を聞いた。 「実際のところ、皆さんはどうお考えですか。好条件で集団移転出来るとしたらどう思いますか」 「集団移転……」  レオネの言葉にそこにいた村長と役員たちが驚きざわつく。 「唐突にすみません、私は移転させたいわけじゃないのです。むしろこのまま皆さんここで暮らすことが最善だと思っていました。でもお年寄り達も多くこのまま若者が減るとなると、ここでの生活が幸せなのかと疑問も出てきまして。皆さんがどうしたいのか正直な気持ちを教えていただきたいのです」  レオネの言葉に役員たちが黙り込むが、村長が口を開いた。 「ここの少ない住民でも一枚岩ではないのです。考えは様々です。……実はロッカ平原に飛行船港が出来ることすら反対しているものもおります」 「そうなんですか⁉」  レオネは驚いた。 「あの土地はブランディーニ家でも代々なんとか有効活用出来ないか策を練ってきた土地です。こんな好条件、反対する理由は無いと思うのですが……」 「ええ、農業を試して失敗したりと苦戦したことを知っている世代はわりと賛成派ですが、少ないながら若い連中で反対している者がいるのです。彼らは生まれ育った見慣れた風景が変わることに抵抗感があるようで……本当に数名の若者なんですが」  若い世代で反対されるのは意外だった。若者は皆、仕事や便利さを求めて都会へと出たがっているものと思っていたから。 「あと移転はやはり年寄りには抵抗がありそうですな。このままこの地で死ぬことを望んでいる者が多いですから」  役員の一人が言った。それは予想していた反応だ。実際に春に視察に来た際にそう言ってた老人に会っている。 「でも、もし移転希望を募ったら、若者は出て行って年寄りだけ残されて、ますます立ち行かなくなる」  移転の話に対してレオネは補足する。 「移転するなら集落全軒での移転になります。数軒だけ残っては生活出来ないし、大規模な土地活用が出来ないので、移転資金を出すことが出来ません」 「じゃあ多数決で決めるしかないんでぇねぇか」 「いや、それだと村が二つに分かれちまう」  村長、役員たちが共に唸り沈黙した。これは想像以上に難しい事なのだとレオネは思った。ジェラルドをどう説得するか以前に住民の意見をまとめることが無理な気がしてくる。 「ランベルト様もここを気遣って色々してくださったんだが……」 「そうだな、大した税も納められてないのにブランディーニ家にはいつも助けられていた」  レオネは改めて実家ブランディーニ家の大きさを感じた。ここの住民はまだブランディーニ家の配下でいる気分なのかもしれない。事実、レオネは今日ここで『レオネ様』と呼ばれ『バラルディ伯爵』とは呼ばれていない。  その時、ずっと黙って聞いていたジェラルドが発言した。 「ロッカ平原に飛行船港が出来たら、ここの集落から積極的に雇用することも出来ますよ。建設段階から人手は必要になりますので、二、三年以内には雇用可能かと思います」 その場にいた全員がどよめく。 「それなら都会に出た若者が帰って来るかもしれんな」 「ああ、嫁不足も解消できるかもしれん」  ジェラルドの助け舟にレオネは希望の光が見えた気がした。  村長や役員たちも表情が明るくなる。問題は飛行船港にすら反対している若者だが果して彼らはどう思うだろうか。 「では一旦この件は持ち帰ります。村長、またご意見や状況等で変化があればお手紙頂けますか」 「はい、承知致しました」  そう言い、レオネとジェラルドは席を立った。

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