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視察1
汽車が目的地に着き、レオネは久しぶりに港町ラヴェンタの街に降り立った。最後に来たのは半年以上前。カルロに結婚の報告をしに来た時だ。
レオネはジェラルドに着いてバラルディ商会ラヴェンタ支店から来た迎えの車へと向かった。駅の正面広場に停められた車の前には四十代くらいの男が立っていた。ジェラルドとレオネに気がつくと帽子を取り深々とお辞儀する。
「レオネ様。お初にお目にかかります。バラルディ商会ラヴェンタ支店長を務めておりますブラージと申します」
「ブラージ支店長、お会いできて光栄です」
レオネはブラージ支店長と握手をしつつ少々気まず気に言った。
「あの……その節は兄共々お騒がせしてしまい申し訳ございませんでした……」
ブラージ支店長はレオネが一年前に出した手紙の事を指していると気付き、両手を振りつつ慌てて否定した。
「いえいえ、とんでも御座いません。あのレオネ・ブランディーニ様からお手紙を頂いて、大変光栄なことでごさまいました」
「エドガルド殿が断わりの手紙を出さなかったらどうなっていたか気になるな」
ジェラルドが少し笑いながら口を挟む。
「実はこちらから再度アプローチしようかと思っておりましたが、支店の一存では動けないと思い会長が帰国したら相談してと考えておりました。でも会長の元に入られたのならばもう文句の付けようもございませんね」
ジェラルドに知られたくなくて支店に手紙を出したが結局は隠し通せるものではなかったのだ。
「レオネはなかなか優秀だよ。もし支店に入っても良い成果をもたらしたんじゃないかな」
「その認識を変わる事が無いように精進しないとですね」
レオネが苦笑いで答えた。
「ああ、こんな所で立ち話は良くないですね。なにせラヴェンタでお二人は有名ですから。ささ、どうぞお乗りください」
レオネはふと周りを見ると、駅の広場にいる人々がチラチラとこちらを見ている。その中の若い娘三人組はレオネと目が合うとキャッキャッと声あげて手を振ってくる。無視するのもな、思い軽く手を振り返すと「キャーッ!」と高音の歓声があがった。
「こらこら、そんなに愛想振りまかなくていいから」
ジェラルドが子供を叱るようにレオネに言い、レオネの肩に手を添え車に押し込んできた。
「あ、すみません。つい」
レオネは笑いながら言う。遠くでは娘たちの歓声がより大きくなった気がした。
ブラージ支店長が自ら運転する車は三時間の道程をロッカ平原へとひた走る。やがてジェラルドは窓に寄りかかり静かに寝息を立て始めた。レオネはジェラルドの彼の寝顔をこっそり見つめ続けていたが、いつの間にかレオネもつられて眠ってしまいジェラルドに「もうすぐ着くぞ」とに揺り起こされるまで熟睡していた。
「ああ、すみません。すっかり寝てしまいました」
人前で居眠りをすることがほぼ無いのでレオネ自身驚く。
「朝早かったからな。睡眠は取れる時には取ったほうが良いぞ。頭も冴える」
貴族として育ったレオネは『居眠りなんてはしたない』と育てられたが、商人は違うようだ。体裁を気にする貴族と違い、商人はやはり合理的だと感じる。
「レオネ、わかってると思うが」
ジェラルドが前置きしつつ話し始めた。改まった話しのような気がしてレオネは居住まいを正す。
「今回の視察は君が主体だ。だから村長との話も君が進めるんだ。私はあくまで付き添いだ」
そう言われてレオネはヒヤッとした。
(……わかってなかった!)
ジェラルドの妻となってから常にジェラルドが居る時は彼を立てるようにと心掛けてきた。普通の夫婦とは違う関係性ではあるので、あくまで秘書のような立場を意識してきたつもりだ。だが、今回視察に来たいと言ったのはレオネであるし、このロッカ平原を統治するのはレオネなのだ。
「わ、わかりました」
一気に緊張感が増す。何よりジェラルドの目線が鋭くなったことにドキッとした。最近は特に優しげな視線しか見てこなかったのだと感じる。仕事モードに切り替わったジェラルドはレオネに淡々と言った。
「疑問に思ったことや聞きたいことはどんどん言っていけ。何か困ったら私に遠慮せず相談しろ。いいな」
「はい!」
「よし、頼んだぞ。バラルディ伯爵」
ジェラルドがニィッと歯を見せて笑う。レオネはジェラルドに『バラルディ』と呼ばれて頬が赤くなるのを感じた。
ジェラルドはあの居住区に高級ホテルを建てようかと言ったがあくまでそれは一案でありレオネと敵対しようという意図は無いのだ。未経験のレオネを一から育てようとしてくれている。父と息子のような関係性だとしてもレオネにとってそれはとても嬉しいことだった。
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