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泣虫1
「脳震盪ですね」
小柄な白髪の老医者はサラリとそう断言した。
三時間の道程を二時間四十分でラヴェンタまで戻り、宿泊先のホテルですぐに医者を呼んでもらった。ドナートが事前に予約したホテルはラヴェンタで一番の高級ホテルで、寝室が二つあるスイートだった。主寝室にジェラルドを横たわらせ、やきもきしながら医者を待つこと三十分。やっと来た頼りなさげな年老いた医者は、状況を聞き、ちょこっとジェラルドの頭と瞳孔を見て、すぐに診断を下した。
「本当に大丈夫なんでしょうか⁉」
レオネは医者に問い詰める。
「コブが出来てますが、今は意識もはっきりとしてますし、まあ問題はないでしょう」
「夜分にありがとうございました」
ジェラルドは医者に礼を言い、さっさと診察を終わらせようとする。
「で、でも先生! 彼は意識が無かったんですよ⁉ 呼んでもすぐに返事をしなくて……!」
「うん、脳震盪ってそういうものですから。ま、吐き気とか意識障害が出たらすぐ連絡してください。無いと思うけど」
医者は相変わらずの調子で淡々と答える。
「先生、シャワーを浴びたいのですが良いですよね?」
ジェラルドが聞くと医者は「短時間ならいいですよ」と答えた。そして医者はレオネをチラッと見た後、ジェラルドに向って言葉を足した。
「あと……その、激しい運動はしばらくお控えてください」
ジェラルドは一瞬間を置きながらも「わかりました」と答えた。医者はそのまま帰って行った。
その後ブラージ支店長も丁寧に挨拶し帰って行った。駅までは大した距離では無いのだが念の為、朝も車で迎えに来てくれると言う。
時刻はすでに夜十時半過ぎ。
ジェラルドがシャワーを浴びると言うので脱いだジャケットを受け取り、手で土埃を払いハンガーに掛けた。それからルームサービスで夕食を頼んだ。ジェラルドが何を食べられるかわからないので違う種類のものを選んだ。
ジェラルドがシャワーを浴びている間、レオネは心配でたまらなかった。シャワー中に倒れたらどうしようかとバスルームの前をウロウロしてしていた。
「わっ」
バスルームのドアが開き、出てきたジェラルドはすぐ近くにいたレオネに驚き声を上げる。
「す、すみません! 気分は悪くなってないですか?」
「大丈夫だって」
ジェラルドは笑いながらバスローブ姿でレオネの横をすり抜け、ダイニングテーブルに並べられた皿の数々を見た。
「頼んでくれたのか」
「何か食べられそうですか」
レオネは不安そうに聞いた。
「何でも食えそうだぞ。レオネも腹減ってるだろ」
ジェラルドが笑顔でそう言うが、レオネは全く空腹を感じていなかった。
「レオネも先にシャワー浴びてくるか?」
ジェラルドが気遣ってそう言ってくれる。暑い中一日動き回って汚れている感じはするが、早く食べてジェラルドにはベッドで休んでもらいたい。
「いえ、大丈夫です」
そう言ってレオネも席に着いた。
ジェラルドはいつもと変わらない食欲で食べ始め、レオネも食欲は無いがスープを口に運ぶ。スープをスプーンで意味なく混ぜながらレオネは口を開いた。
「あの、本当にすみませんでした……。私の軽率な行動でジェラルドを危険にさらしてしまって……」
ジェラルドはレオネを見つめて穏やかに微笑み、静かに諭すように話し始めた。
「ああ、そうだな。君は周りが見えてなかったな」
ジェラルドの言葉にレオネはシュンと俯く。
「あの時危険だったのはむしろ君の方だった。何かトラブルがあった時こそ冷静にならなくてはいけないよ。それにより二次災害が発生する恐れがある。それから、私はあんな暴言は言われ慣れてるから、私や商会への悪口は気にしなくていい」
未熟なレオネにジェラルドが淡々と言い聞かせる。レオネは己の不甲斐なさを反省しそれを黙って聞いていた。
「……だが、怒りを感じてくれたことは嬉しかった。ありがとう」
ジェラルドが柔らかに微笑みレオネを見つめる。
レオネは首を横に振り、必死に涙を堪えた。
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