53 / 73

正装

――国王主催の舞踏会当日。 「レオネ様の御髪は本当にお美しくて、担当させていただけたのは理髪師冥利に尽きます」  先にレオネの支度を整えた理髪師は、ジェラルドの髪を整えながら興奮ぎみに報告してきた。 「うちに仕えていて良かったな」 「まったく、ありがたいことでございます」  ジェラルドの短い髪のセットはあっという間に終わり、オーソドックスに七三分けに整えられた。  この日のために新調した燕尾服に袖を通し、玄関ホール横の談話室へと向かうと、ドナートと話していたレオネがジェラルドの気配に気付きこちらに振り向いた。  ジェラルドは息を呑んだ。  理髪師が誇らしげに語っていた意味が良く分かった。  金色の髪は整髪料で撫でつけ、ベルベットの黒いリボンで結び低めの位置でポニーテールに。毛先と顔にかかる少し残した前髪は緩くカールされている。スッ伸びた背筋にジェラルドと同じく新調した燕尾服が良く似合っている。  思わず目が離せなくなりただその姿を見つめているとレオネがジェラルドに近づいてきた。 「……ジェラルド、素敵です」  少しはにかみながら声を掛けてくるレオネ。 「……君の方こそ良く似合ってる」  ジェラルドがなんとかそう言葉にするとレオネは目元を赤く染め嬉しそうに微笑んだ。 (あぁ、可愛い……)  ジェラルドは今すぐに抱きしめて口づけたい衝動に駆られた。こんなに可愛い妻を大衆の前にさらして良いのだろうか。 「あの、庭で薔薇を摘んできたんです。ブートニアにいかがでしょうか」  手に持った白い薔薇を見せてくる。レオネの胸にも同じ薔薇が挿してあった。薔薇はまだ開いていないほぼ蕾の状態で控えめにレオネを飾っている。 「ああ、頼むよ」  ジェラルドがそう言うとレオネはジェラルドの燕尾服に手を添え、ラペルのフラワーホールに薔薇を挿した。蕾が美しく見える方向を探るように向きを調整する。  近づいたレオネからふわりと香水が香る。薔薇の香りだ。この距離でないとわからないくらい微かな着け方で。 「ん、いい感じです」  レオネが満足そうに微笑む。 「はぁ~、素敵。写真撮っておきたいです」  二人を見つめたソニアがそうため息を漏らした。 「そうねぇ〜。来年は写真屋さん呼びましょうよ」  ソニアに同意したマルタが言われ、ドナートも「そうですね」と微笑んだ。  黒く磨かれたの車は夜の街を進み舞踏会会場へと向かう。車窓から外を眺めるフリをしてジェラルドは窓に映るレオネを見ていた。  レオネはジェラルドと揃いで着けた薔薇を嬉しそうに眺めて向きを調整している。  ジェラルドは日々レオネと過ごす中でレオネからの好意に気付き始めていた。それはもはや確信に近いものとなっている。決定的だったのは先月のロッカ視察での投石事件だ。  ジェラルドを心配してベッドサイドに座り込み泣くレオネ。『大丈夫だ』と諭しても恐怖心にレオネは支配されていた。その感覚はジェラルドにとって痛いくらい覚えがあった。 (『大丈夫』と嘘をついて死んでいく者もいるからな……)  レオネの泣き震えるその姿があまりに可哀想で、ジェラルドはベッドへ招き入れた。抱き締め撫でてやると安心したのかレオネはすぐに眠ってしまった。ずっと神経を張り詰めさせ続けていたのだろう。翌朝、明るくなった部屋でレオネの顔を見れば、泣き腫らした瞼を閉じ疲れ切った様子で眠っていた。  もしもレオネがジェラルドに親愛以上の想いを抱いているならば、その想いに応えるべきではないだろうか。  そもそもジェラルドはとっくにレオネを愛している。あの海亀亭でその姿を初めて見た時から気になって、深く話して惹かれた。さらに共に過ごす日々で、レオネの何事にも真剣に取り組む姿勢に関心し、その笑顔にはいつも癒されている。  レオネがこの先ずっと側にいてくれたらどんなに幸せだろうか。  しかし想いを伝えることに躊躇いもある。もしもレオネがジェラルドに抱く想いが父親に対する親愛のようなものだったとして、ジェラルドが『愛してる』と伝えたらどうなるか。レオネは自分の気持ちには蓋をして、義務でジェラルドに身を捧げてくるような気がするのだ。そんなことは絶対させたくない。 「ジェラルド?」  車が王宮の敷地へと入った。自動車と馬車が入り混じり正面ロータリーへと続く列に並ぶ。 「ああ、すまん。少し緊張してきた」  全く別の事を考えていた訳だが笑って誤魔化す。 「あは、実は私もです」  レオネも苦笑いを返してくる。 「意外だな。慣れているのかと思ってたよ」 「今までは父や兄の添え物でしたから。今は爵位もついてますし……」  それに結婚してから初めての公の場という事もあるのだろう。どれくらい注目されているのか見当がつかないが、二人は少なくとも新聞に二回載っている。  やがて二人の乗った車が停車位置に停まった。

ともだちにシェアしよう!