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[33] 正装

――国王主催の舞踏会当日。 「レオネ様の御髪は本当にお美しくて、担当させて頂けたのは理髪師冥利に尽きます」  ジェラルドの髪を整えながら理髪師が嬉しそうに言った。この理髪師はバラルディ家がずっと贔屓にしており、今日もドナートが呼んだ。ジェラルドの前にもうレオネの支度を整えたようで、興奮ぎみにジェラルドに報告してきた。 「うちに仕えていて良かったな」 「まったく、ありがたいことでございます」  ジェラルドの短い髪のセットはあっという間に終わり、オーソドックスに七三分けに整えられた。  この日のために新調した燕尾服に袖を通し、玄関ホール横の談話室へと向かうと、先に支度を済ませたレオネがこちらに背を向けてドナートと話していた。  ジェラルドの気配にレオネが気付きこちらに振り向く。その美しさにジェラルドは息を呑んだ。理髪師が誇らしげに言っていた意味が良く分かった。  金色の髪は整髪料で撫でつけ、ベルベットの黒いリボンで結び低めの位置でポニーテールに。毛先と顔にかかる少し残した前髪は緩くカールされている。スッ伸びた背筋にジェラルドと同じく新調した燕尾服が良く似合っている。  思わず目が離せなくなりただその姿を見つめているとレオネがジェラルドに近づいてきた。 「……ジェラルド、素敵です」  少しはにかみながらレオネが言う。 「……君の方こそ良く似合ってる」  ジェラルドがなんとかそう言葉にするとレオネは目元を赤く染め嬉しそうに微笑んだ。 (可愛い……)  ジェラルドは今すぐに抱きしめて口づけたい衝動に駆られた。こんなに美しく可愛い妻を大衆の前にさらして良いのだろうかとも思う。 「あの、庭で薔薇を摘んできたんです。ブートニアにいかがでしょうか」  手に持った白い薔薇を見せてくる。レオネの胸にも同じ薔薇が挿してあった。薔薇はまだ開いていないほぼ蕾の状態で控えめにレオネを飾っている。 「ああ、頼むよ」  ジェラルドがそう言うとレオネはジェラルドの燕尾服に手を添え、ラペルのフラワーホールに薔薇を挿した。蕾が美しく見える方向を探るように向きを調整する。  近づいたレオネからふわりと香水が香る。薔薇の香りでこの距離でないとわからないくらい微かな着け方だ。 「ん、いい感じです」  レオネが満足そうに言った。 「はぁ~、素敵。写真撮っておきたいです」  二人を見つめたソニアがそう言った。 「そうねぇ〜。来年は写真屋さん呼びましょうよ」  ソニアに同意したマルタが言われ、ドナートも「そうですね」と微笑んだ。  黒く磨かれたの車は夜の街を進み舞踏会会場へと向かう。車窓から外を眺めるフリをしてジェラルドは窓に映るレオネを見ていた。  レオネはジェラルドと揃いで着けた薔薇を嬉しそうに眺めて向きを調整している。  ジェラルドは日々レオネと過ごして行く中でレオネからの好意に気付き始めていた。それはもはや確信に近いものとなっている。  決定的だったのは先月のロッカ視察での投石事件だ。  ベッドサイドに座り込み泣くレオネの姿を思い出す。あそこまで心配されたら流石に勘違いだとは思えなくなってきた。  レオネがジェラルドを見つめてくる眼差しはいつも蕩けそうなほど熱く色っぽい。  そもそもジェラルドの忍耐がもはや持ちそうになかった。  ジェラルドはレオネに自身の想いを伝えようと決意を固めたが、生憎なことに長期出張に出なければならなくなった。レオネと初めて会った夜、肌を合わせた翌日から一年間離れる事になってしまったことを思うと、今想いを伝えるのは得策出はないと考え、出張から戻ったら話をしようと考えている。  もしかしたらやっぱりジェラルドの思い違いで、レオネはジェラルドに対して恋愛感情はないかもしれない。感じていた好意は家族愛に近いものの可能性もある。  ジルベルタの策略でレオネと結婚していると分かった時、レオネがジェラルドを愛してなくても政略結婚の義務として身体を差し出すような自体にはさせたくないと思い、手を出さないと宣言した。  しかし、もしジェラルドが想いを伝え、結果レオネがジェラルドを愛していなかったとしても、ジェラルドは寝室を一緒にしたいと言うつもりだ。  もうレオネを誰かに渡す気はないし、名実ともに妻にしたいのだ。身も心も、心から愛し大切にしていたら、いつかレオネの気持ちも動く可能性もあるのではないだろうか。  本気で拒絶されたら、無理強いは出来ないが……。 「ジェラルド?」  車が王宮の敷地へと入った。自動車と馬車が入り混じり正面ロータリーへと続く通路に並ぶ。 「ああ、すまん。少し緊張してきた」  全く別の事を考えていた訳だが笑って誤魔化す。 「あは、実は私もです」  レオネも苦笑いを返してくる。 「意外だな。慣れているのかと思ってたよ」  ジェラルドがそう言うとレオネは少し俯きながら言った。 「今までは父や兄の添え物でしたから。今は爵位もついてますし……」  それに結婚してから初めての公の場という事もあるのだろう。どれくらい注目されているのか見当がつかないが、二人は少なくとも新聞に二回載っている。  やがて二人の乗った車が停車位置に停まった。

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