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夜会1

 ジェラルドが降りた場所には深紅の絨毯が敷かれ、通路にはたくさんの花が飾られていた。周りにはたくさんのドレスアップした人々。ジェラルドはレオネに手を差し伸べ、レオネはその手に迷うことなく自身の手を重ね車から降りてきた。松明に煌々と照らされレオネの髪が輝く。  人々の視線がガラリと変わったのが分かった。腕を組んだりはせず並んで二人歩く。 「やっぱり君は有名なんじゃないか。皆君を見てる」  レオネに顔を近づけ耳元で囁く。 「ジェラルドの方が有名ですよ。このロヴァティア王国一の大富豪なんですから」  レオネが微笑みながらジェラルドを見る。その富豪がこの美しい白薔薇を手に入れたのだ。注目されないわけが無い。  メインホールに入ると既に大勢の紳士淑女が中央で踊っていた。周りにも談笑する人々。  ホールに二人で留まっていると次々と声をかけられた。レオネの知り合いが多いが、レオネが知らぬ人も多い。 「皆さん、バラルディ商会とお近づきになりたいのでしょうね」 「名前、覚えられないぞ」 「私も覚えてませんよ」  名前や称号、統治している地名、連れているパートナーの名前など怒涛の情報量でとても覚えられない。二人でクスクス笑っていると一人の老紳士が話しかけてきた。 「レオネ殿、久しぶりですな」  レオネはその人物を見ると先程までジェラルドに向けていた砕けた笑顔をスッと引っ込ませ、いつもの美しくも人形のような笑顔を貼り付けた。 「クレメンティ侯爵、お久しぶりでございます」  クレメンティ侯爵……ジェラルドはその名前に聞き覚えがある気がした。 「そちらが噂のご主人かな」 「ええ、夫のジェラルドです」  レオネがジェラルドを紹介する。もう何度目かもうわからないくらい同じ内容を繰り返してる。ジェラルドはうんざり感が出ないよう努めた。 「ジェラルド・バラルディです。以後お見知り置きを」  クレメンティ侯爵は『ふむ……』と吟味するかのようにジェラルドを見る。 「人妻となられたレオネ殿と是非一曲ご一緒したいのですが、よろしいかな」  ニヤリと下卑た笑いを浮かべながら言われたその言葉。ジェラルドにゾワッと不快感押し寄せた。言われた内容を反芻する。レオネを女扱いして自分と踊れと言っている。怒りを感じて一瞬判断が遅れたジェラルドに対し、レオネの判断は早かった。 「侯爵、準備不足で申し訳無いのですが、私はフォローで踊ったことが無いのです」  レオネが申し訳無さそうに言うとクレメンティ侯爵は「なんだ、二人で練習しなかったのか」とジェラルドにも文句を言う。 「申し訳ない。今までただの平民でしたので、あまりダンスは得意ではなくて」  ジェラルドがそう言うとレオネはさらに続けた。 「ぜひお連れ様と踊る栄誉を私に頂けますか?」  クレメンティ侯爵は残念そうに引き下がり、連れらしきスラッとした長身の少女に「行ってきなさい」と指示した。少女はこくりと頷き無言でレオネが差し出した手を取り、レオネはチラリとジェラルドを見た。その視線が謝っているように感じてジェラルドは軽く微笑みで返した。  少女と組んだレオネがダンスの輪に入っていく。やや不慣れに感じた少女を見事にリードし、髪と燕尾服の裾をなびかせ華麗に回り踊る。海亀亭で踊るレオネも美しかったが、正装したくさんの光が降り注ぐ綺羅びやかなホールで舞う姿は格段の美しさがあった。周りの人々もレオネに視線を向けているのがわかる。 「よく躾けられているな」  クレメンティ侯爵がボソリと口を開いた。レオネの事を言っているのだろうが、真意がよくわからない。 「一緒になってまだ一年経っていないのだろう?」 「ええ、そうですね」  ジェラルドは適当に返した。 「君に完全に惚れているじゃないか。他の男とは踊らないと言う堅い意志を感じる」  突然そう言われてジェラルドはギョッとした。 「はは、ほらあの目。常に君を気にしている」  くるくると踊り周りながらレオネは時折ジェラルドに視線を向けてくる。 「積んだ金額で君に負けたのだと思っていたが、どうやらそれだけではないようだな」  クレメンティ侯爵は残念そうにそう言ってジェラルドを見た。その瞬間、ジェラルドはやっとこの男が何者かわかった。 ―――クレメンティ侯爵。  ジルベルタが言っていたレオネを孫娘の婿にしようとした男色家の男だ。よく見たら今レオネと踊っているのはドレスを着せられた少年のように思えてくる。 「私は社交界デビューした頃からあの子を知っているが、いつも笑っているようで笑ってなかったよ。それがあの子の魅力であると思ってはいたが、ハハッ、君に向ける顔は別物だな……」  この変態にそう言われるのはかなり複雑な気分になった。十代の頃のレオネをこの男が知っているという事にも苛立ちを感じる。 「家ではもっと可愛いですよ」  この男を完全に負けさせたくてジェラルドはそう言葉の矢を放った。 「ハハハッ、君もなかなか意地が悪い」  男は豪快に笑った。  曲が終わり、レオネと少女、もとい少年が踊り終える。少年はそのままクレメンティ侯爵の元に戻ってきたが、レオネは別の女性に捕まり次のダンスをせがまれている。 「おーおー、相変わらずご婦人の人気も凄いな。悪い虫がつかないようにせいぜい頑張りたまえよ」  クレメンティ侯爵はそう言うと戻ってきた少年と共に人混みに消えていった。  レオネは別の女性と踊りながらジェラルドに視線をを向け、困ったように目配せで謝っている。ジェラルドは軽く手を振りそれを許した。

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