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[34] 夜会

 ジェラルドが降りた場所には深紅の絨毯が敷かれ、通路には沢山の花が飾られていた。周りには沢山のドレスアップした人々。ジェラルドはレオネに手を差し伸べ、レオネはその手に迷うことなく自身の手を重ね車から降りてきた。松明に煌々と照らされレオネの髪が輝く。  人々の視線がガラリと変わったのが分かった。腕を組んだりはせず並んで二人歩く。 「やっぱり君は有名なんじゃないか。皆君を見てる」  レオネに顔を近づけ小声でそう言った。 「ジェラルドの方が有名人ですよ。このロヴァティア王国一の大富豪なんですから」  レオネが微笑みながらジェラルドを見る。  その富豪がこの美しい白薔薇を手に入れたのだ。注目されないわけが無い。  メインホールに入ると既に沢山の紳士淑女が中央で踊っていた。周りにも沢山の談笑する人々。 「陛下に謁見した方が良いのですが……すごい列ですね。空いてからにしましょう」  ホールに二人で留まっていると沢山の人に声をかけられた。レオネと知り合いが多いが、知らない人からもかなり声をかけられている。 「皆さん、バラルディ商会とお近づきになりたいのでしょうね」 「名前、覚えられないぞ」 「私も覚えてませんよ」  二人でクスクス笑う。  名前や称号、統治している地名、連れているパートナーの名前など怒涛の情報量でとても覚えられない。本当に今後の付き合いで必要となる人物はまた会うことになるだろうからとジェラルドは良しとした。 「レオネ殿、久しぶりですな」  レオネに一人の老紳士が話しかけてきた。若くスラッとした長身の娘を連れている。レオネはその人物を見ると先程までジェラルドに向けていた砕けた笑顔をスッと引っ込ませ、いつもの仮面のような笑顔を貼り付けた。 「クレメンティ侯爵、お久しぶりでございます」  クレメンティ侯爵……ジェラルドはその名前に聞き覚えがある気がした。 「そちらが噂のご主人かな」 「ええ、夫のジェラルドです」  レオネがジェラルドを紹介する。もう何度目かもうわからないくらい同じ内容を繰り返してる。うんざり感が出ないよう努めながらジェラルドは言った。 「ジェラルド・バラルディです。以後お見知り置きを」  クレメンティ侯爵はそんなジェラルドを『ふむ……』と吟味するかのように見てからジェラルドに言った。 「人妻となられたレオネ殿と是非一曲ご一緒したいのですが、よろしいかな」  クレメンティ侯爵はニヤリと下卑た笑いを浮かべながら言った。ジェラルドにゾワッと不快感押し寄せる。言われた内容を反芻する。レオネを女扱いして自分と踊れと言っている。  怒りを感じて一瞬判断が遅れたジェラルドに対し、レオネの判断は早かった。 「侯爵、準備不足で申し訳無いのですが、私はフォローで踊ったことは無いのです」  レオネが申し訳無さそうに言うとクレメンティ侯爵は「なんだ、二人で練習しなかったのか」とジェラルドに言った。 「申し訳ない。今までただの平民でしたので、あまりダンスは得意ではなくて」  ジェラルドがそう言うとレオネはさらに続けた。 「ぜひお連れ様と踊る栄誉を私に頂けますか?」  クレメンティ侯爵は残念そうに引き下がり、連れの少女に「行ってきなさい」と言った。少女はこくりと頷き無言でレオネが差し出した手を取る。  レオネはチラリとジェラルドを見た。その視線が謝っているように感じてジェラルドは軽く微笑みで返した。  少女と組んだレオネがダンスの輪に入っていく。やや不慣れに感じた少女を見事にリードし、髪と燕尾服の裾をなびかせ華麗に回り踊る。海亀亭で踊るレオネも美しかったが、正装し沢山の光が降り注ぐ綺羅びやかなホールで舞う姿は格段の美しさがあった。周りの人々もレオネに視線を向けているのがわかる。 「よく躾けられているな」  クレメンティ侯爵がジェラルドに言った。レオネの事を言っているのだろうが、真意がよくわからない。 「一緒になってまだ一年経っていないのだろう?」 「ええ、そうですね」  ジェラルドは適当に返した。 「君に完全に惚れているじゃないか。他の男とは踊らないと言う堅い意志を感じる」  突然そう言われてジェラルドはギョッとした。 「はは、ほらあの目。常に君を気にしている」  くるくると踊り周りながらレオネは時折ジェラルドに視線を向けてくる。 「積んだ金額で君に負けたのだと思っていたが、どうやらそれだけではないようだな」  クレメンティ侯爵は残念そうにそう言ってジェラルドを見た。その瞬間、ジェラルドはやっとこの男が何者かわかった。 ――クレメンティ侯爵。  ジルベルタが言っていたレオネを孫娘の婿にしようとした男色家の男だ。  よく見たら今レオネと踊っているのはドレスを着せられた少年のように思えてくる。 「私は社交界デビューした頃から彼を見ていたが、いつも笑っているようで笑っていなかったよ。それが彼の魅力であると思ってはいたが、ハハッ、君に向ける顔は別物なのだな……」  この変態にそう言われるのはかなり複雑な気分になるし、十代の頃のレオネをこの男が知っているという事にも苛立ちを感じる。 「家ではもっと可愛いですよ」  この男を完全に負けさせたくてジェラルドはそう言った。 「ハハッ、君もなかなか意地が悪いな」  男はそう言って豪快に笑った。  曲が終わり、レオネと少女、もとい少年が踊り終える。少年はそのままクレメンティ侯爵の元に戻ってきたが、レオネは別の女性に捕まり次のダンスをせがまれている。 「おーおー、相変わらずご婦人の人気も凄いな。変な虫がつかないようにせいぜい頑張りたまえよ」  クレメンティ侯爵はそう言うと少年と共に人混みに消えていった。  レオネは別の女性と踊りながらジェラルドに視線をを向け、困ったように目配せで謝っている。ジェラルドは軽く手を振りそれを許した。  一人壁際でレオネの踊る姿を眺めていると、また声をかけられた。 「ジェラルド様」  今度は誰だ?と思い振り返るとそこにはエドガルドがいた。 「エドガルド様、いらっしゃっていたのですね」 「お久しぶりです。レオネは……」  視線でエドガルドに弟の居場所を知らせるとエドガルドは「まったくあいつは……」と顔をしかめた。 「あの……ロッカで負傷されたと聞きました。もう大丈夫なのですか」  エドガルドが心配そうに聞いてくる。  やはりブリアトーレ村長含め、ロッカの住民たちは強くブランディーニ家と繋がっているらしい。良い事も悪い事も逐一報告が行くようだ。 「ええ、大したことは無かったんですよ。翌日には通常通りでしたから」 「……レオネを庇ってくださったと聞きました。ありがとうございます」  エドガルドは丁寧に頭を下げ礼を述べてきた。 「いや、私がちゃんと避けられれば良かったのですが、レオネには余計な心配をかけてしまいました」 「心配くらい当然ですよ。本当大事に至らなくて良かったです」  レオネのあの動揺の仕方は当然とは言えないくらいだったのだが、エドガルドにそれを言うわけにもいかない。  エドガルドはそれから思い出したかのように話を続けた。 「それとロッカ売却の件、レオネから聞きました。父とも相談しまして、前向きにお受けしたいと考えております」  望んでいた通りの回答にジェラルドはほっとした。 「そうですか。それはレオネも喜びます。聞いているかもしれませんが、あの案はレオネの発案なんです」  ジェラルドの言葉にエドガルドは目を見開いた。 「レオネがですか?」  エドガルドは知らなかったようだ。レオネはむしろ必要最低限な事しか実家には報告してないようだ。 「ええ、私は課題を出しただけなんです。案を聞かされた時は私も驚きました。レオネは私の期待以上に優秀ですよ。今後もっと事業に関わらせようと思っています」  ジェラルドかそう言うとエドガルドは静かに語り始めた。 「ジェラルド様、実は私は……そちらから縁談が来た時、家族の中で唯一反対しました」  弟が十五も年上の男に嫁ぐと聞いたら当然反対するだろうとジェラルドは思った。 「でも結果としてレオネはロトロに居た時より生き生きとしています。ブランディーニ家ではレオネの価値は見た目だけだったが、ジェラルド様はレオネ自身の価値を引き出してくださっている。兄としてこれほど嬉しいことはありません」  エドガルドはレオネによく似た目でまっすぐにジェラルドを見てそう言った。 「しかし、我が弟ながらあの見た目は少々厄介ですね。もう身を固めたのでそれ程人を惹き付ける必要は無いのですが……」  苦笑するエドガルドの視線の先に女性に群がられているレオネが居た。二人目と踊り終えた所、『次は私と!』と十人くらいに囲まれている。レオネ自身は苦笑いでなんとか切り抜けようとしているが人数の多さとご婦人達の気迫で切り抜けられないようだ。 「失礼、助けてきます」  ジェラルドも苦笑しながらエドガルドにそう言うとエドガルドは「弟をどうぞよろしくお願いします」と丁寧に頭を下げた。  ジェラルドは人混みをかき分けつつレオネを取り囲む女性達に声をかけた。 「お嬢さん方、申し訳ありませんがそろそろ妻を返して頂けますか」  丁寧に貴族風にお辞儀する。女性達はきゃあきゃあ言いながら道を開けた。人垣の合間から燕尾服姿のレオネが見える。色とりどりに着飾った花のような女性達の中であっても一際輝いて見えるのは惚れた欲目だろうか。 「レオネ、おいで」  手を差し出しそう言うとレオネはふわりと可愛らしい笑顔を花開かせジェラルドの手を取った。ジェラルドは周りの女性達に見せつけるようにそっとレオネの腰に手を回し引き寄せる。 「まだ踊りたかったか?」  耳元でそっと囁くとレオネは頬を染めた。 「いえ、抜け出せなくて困っていたので助かりました」  柔らかな笑顔でそう言ってくる。  そんなジェラルドとレオネの様子を見て女性達は増々甲高い声で騒いでいた。

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