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小屋2
その時だった。遠くで微かにレオネの名を呼ぶ声がした。
(ロランド!)
ロランドがレオネを探しに来ている。このチャンスは絶対に逃せない。
「んーーっ!んんんんーっ!!」
レオネはできる限り大きく唸り声をあげ、縛られた腕を強く揺すった。ガタガタと小屋が鳴り始める。
「わ、レオネ!」
簡素な作りの小屋は大きく軋み揺れ始める。天井から下げられたランプが大きく揺れ、影が踊る。
想像以上の力にジャンがレオネの腕を抑えて止めようとするが、今度は脚を大きく揺らす。
小屋の外に足音が近づいてきた。
「レオネ⁉ そこにいるのか⁉」
「んーーっ!!」
ロランドの呼びかけにレオネが唸り声で返事をした。
「クソッ」
ジャンは小さくそう呟くとレオネから離れた。
外からはロランドが出入り戸を叩く。
「レオネ! 他に誰かいるのか⁉ なんで開かない!」
足音からロランドは小屋の周辺を見て回っているのが分かった。その間にジャンは小屋内にあった移植ゴテを手に取った。先端が尖ったそれを構える。
レオネはゾッとした。ジャンはあれでロランドに切り付けるつもりなのだ。
「んーっ! んーっ!」
バンッ! と出入り戸が蹴破られ外の眩しい光が差し込む。
「レオネっ!」
「んーーーっ!!」
レオネは唸りながら首を振った。
その瞬間、ジャンが移植ゴテでロランドに襲いかかった。
ガキンッ!!
金属同士がぶつかる激しい音がした。
「うあっ!」
ジャンが声をあげる。
ロランドの手にはスコップが握られていた。小屋の脇にあった大型の鉄製のものだ。ロランドはそのスコップを振り回しあっという間にジャンの手から移植ゴテを振り払った。
「ひぃっ!」
悲鳴をあげて小屋から逃げるジャンにロランドが背中から蹴りを入れる。
「待て! 逃げるなっ!」
レオネの視界から二人の姿が見えなくなり、小屋の外から争う音と声だけが聞こえる。
「大人しくしろ!」
「クソッ! 離せ!」
ロランドが制圧したようだがレオネはロランドに何かあったらと思うと怖くてたまらなかった。
「ドナート! こっちだ!」
「これは一体……!」
「これでこいつを縛って!」
「は、はいっ!」
会話にドナートが加わり二人がかりでジャンを取りさえたことが分かり、レオネは少しだけ安心した。
「レオネ!」
ジャンをドナートに託したらしいロランドが小屋に駆け込んできた。
「……っ!」
レオネの惨状を目の当たりにして絶句する。
一瞬の硬直の後、すぐにレオネに駆け寄り口を塞ぐ布を外してくれた。
「もう大丈夫だ。今解くからっ!」
「……ロランドは、怪我してないですか?」
口枷を外されすぐさま聞いた。
「僕はなんともない。ドナートもだ。あいつは腕を縛ってドナートが抑えてるから」
「……良かった」
腕が自由になりレオネは上体を起こし自身の身体を見た。
「っ……!」
己の惨状に言葉が出ない。
肌のそこら中に鬱血の痕がつき、腹にはオイルとオイルではない何かの液体が飛び散っている。ロランドは何も言わず両脚の拘束も解いてくれた。
「……ありがとう」
レオネは小さく礼を言うとすぐさま立ち上がり小屋の外に向う。一歩踏み出してすぐによろめいて、地面に手をついた。まだ盛られた薬が抜けていないようだ。
「レオネ! ちょっと待ってっ!」
ロランドが止めるのも聞かずレオネは外にある井戸に向かった。
「レッ、レオネ様っ!」
シャツ一枚を引っ掛けただけのほぼ裸の状態で出てきたレオネにドナートが悲鳴に近い叫び声を上げた。
レオネは井戸のポンプで水を汲み上げ、勢いよく出る冷たい真水でバシャバシャと身体を洗った。
(汚い、汚い、汚い!!)
いくら洗っても己の身が汚い気がした。
「貴様っ! レオネ様になんてことを!」
ジャンを拘束していたドナートが怒鳴る。園芸用の縄でぐるぐるに縛られたジャンがフハハと笑った。
「だ、だって、だってさ、レオネ毎晩独りでしてたから、か、可哀想だと思って、僕が相手してあげたんだっ」
「下品なことを申すなっ!」
ドナートがさらに怒りの声を張り上げる。しかしジャンは気にすること無く話し続ける。
「ほ、本当だよ。だって聞いてたもの。床下から、いつも聞いてた!」
その発言にレオネは硬直した。ドナートやロランドも息を詰まらせる。
「な、なんだって……?」
ロランドが聞き返す。
「レ、レオネって凄く……色っぽい声出ちゃうんだ。それでいつもジェラルド、ジェラルドって呼んじゃってさ!」
カッと頭に血が登った。レオネは桶を持って立ち上がりジャンに近づいた。
「結婚したのに夫に相手にされないなんて可哀想だと思って俺がっ」
「黙れっ!」
ぺらぺらと喋るジャンに渾身の力を込めて桶を叩きつけた。
「ガッハッ……!」
鉄枠が外れた桶がバラバラになる。手には取っ手だけが残りそれもレオネはジャンに投げつけた。ジャンは白目をむいて気を失った。
レオネが振り向くと、騒ぎを聞きつけてソニアとマルタも来ていた。
「レ、レオネ様……」
ソニアが泣きそうな顔で呟く。
身体に辱めの痕が残るほぼ裸の状態で、屋敷の皆が自分を見ている。さらに夜な夜なジェラルドを想って自身を慰めていた事までバラされてレオネはもう居た堪れなくなった。
ソニアの横をすり抜け屋敷へ戻る。もはや隠すほうが恥ずかしいような気がして裸と裸足で堂々と歩いて行った。
「レオネっ! 待って! ドナート、そいつは任せる!」
ロランドがレオネを追いかけつつドナートに指示する。
「承知致しました! マルタ、警察に電話を。サイレンは鳴らさずに来てもらってください」
「は、はい! ただいま!」
ロランドがジャケットを脱ぎレオネの肩に掛けようとした。
「いいですよ。汚れてしまいます」
「そんなのいいよ」
「いえ、私は女では無いですし」
だいぶ薬も抜けて来たのか淡々とした足取りで淡々と話す。ロランドは戸惑ったように言葉を詰まらせる。
「ソニア! お前はこっちだ! すぐ風呂の準備を! ゲストルームにだ!」
ロランドがソニアを呼ぶ。
「は、はいっ!」
ソニアはレオネを追い越すように屋敷へ走って行った。
ロランドに促されゲストルームに入るとソニアが風呂を準備してくれていた。
「レオネ、誰か……介助は必要? ソニアか、それともマルタが良ければすぐに呼んでくる」
ロランドが心配そうに尋ねてくる。ロランドの背後で涙目のソニアがこくこくと頷いていた。
「いえ……一人で大丈夫です……」
レオネはそう言ってバスルームに入った。
「カギはかけないでくれよ!」
ドアの向こうからロランドが付け足す。レオネは「はい」と小さく返事をした。
蛇口をひねりシャワーを出す。独りになり温かいお湯に包まれると起こったことがブワッと蘇ってきた。
「あ……あぁ……」
堪えきれない嗚咽が漏れる。
備え付けられている石鹸を手に取ると直接塗り付けるようにがむしゃらに身体を洗った。股の間に手を入れると塗り付けられたオイルが残っていた。悔しくて気持ち悪くて、いくら洗っても綺麗になった気がしない。
ボタボタと涙が溢れ、堪えきれない感情が爆発した。
「うっ……うっ……あ…ああぁぁぁっ!」
レオネはシャワーに打たれながらバスルームにうずくまりしばらく泣き叫んでいた。
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