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小屋1

 レオネは深い沼から浮き上がるように目を覚ました。視界に映る景色は夜のようにうす暗く、天井から下げられたランプがオレンジの弱い光を放っていた。  頭が重く鈍痛もするし、腹の底から吐き気が這い上がってくる。身体は重く動かす事ができない。ここが何処なのか、何をしていたのか、寝起きのようにぼんやりとした頭を動かし思い出そうとする。 「あ……、気がついた? 予想より早いなぁ」  視界に男が入ってきた。レオネの顔を覗き込んで声をかけてくる。 「ジャン……?」  ランプの逆光で顔がよく見えないが雰囲気と声で予測する。 「レ、レオネはお酒強いもんね……。やっぱり薬も効きにくいんだなぁ」  ジャンがやけに馴れ馴れしく話してくる。しかも顔が近い。 「やっぱりさぁ、寝顔もいいけど反応無いのもつまんないし……。起きてくれて良かったよ」  ジャンはそう言ってレオネの胸辺りに頭を沈ませるとぬろっとそこを舐めた。 「ひっ……!」  胸の薄い皮膚に感じた舌の感触に驚き声を上げる。頭を上げて己の状況を確認し愕然とした。  藁束に寝かされた状態でシャツ一枚以外全て脱がされ、両手は頭上で手首を縛られて何処かに綴りつけられているようだった。両足も縛られ固定されている。 「ジャン……やめろ。今すぐほどけ」  レオネは怒りを込めて低い声で唸り言った。  ジャンはレオネの肌から唇を離し興奮した顔を上げニヤリと笑った。 「レオネ……、大丈夫だよ。気持ちよくしてあげるから」  ザワワワワッと悪寒が走った。 (こんな奴に好き勝手されるなんて冗談じゃない!) レオネは大きく息を吸った。 「誰かっ!!」 「わっ、ダメだよっ!」  大声で人を呼ぼうと叫んだがその瞬間、ジャンはレオネの口に布を突っ込み、そのまま縛ってきた。 「んーっ!んんんんーっ!!」  口を塞がれたが力いっぱい叫んでみる。だが、とても母屋まで届くような声量にはならない。 「もぅ……誰か来たらどうするの? こんな姿見られていいの?」  ジャンがレオネの顔を撫でながら言う。この状況に比べればドナート達に裸を見られるくらいどうと言う事は無い。レオネは頭を振りジャンの手から逃れつつジャンを思い切り睨んだ。 「そんなに怖がらないで……。き、気持ちよくしてあげたいだけなんだ。君を縛る布も肌を傷めないように木綿のシーツを割いて作ったんだよ。ちゃんと、オ、オイルも使ってるし、安心して僕に身を任せてよ」  ジャンはオイルが入っているらしい小瓶をレオネに見せてきた。『使っている』と言う言葉の意味を働かない頭では考えた。股の間にぬめるような感触がある。   「レオネは海亀亭であいつと何もなかったって言ってたけど、ちょっと心配だったんだ。でも本当に何もしてなかったんだね。レオネのココ、指一本でいっぱいっぱいだ。まだ男を知らないみたいで嬉しいよ」  気を失っている間に身体を触られたらしいことにレオネは絶望した。頭の奥が凍りついてくる。 「僕ね……あの夜ずっとレオネを見てたよ。いや、あの夜だけじゃない。レオネのことずーっと見てた」  ジャンは普段キョロキョロさせている目でレオネを見つめた。 「君は男に興味ないだろうって思ってたから、娼婦を買って君を誘ったんだ。上手く行けば君が娼婦を抱く所を見られると思って」  レオネの脳裏に海亀亭にいた長髪の野暮ったい男が浮かんだ。 (……こいつ、あの時の!)  よく見れば背恰好が同じくらいな気がする。 「なのに君は僕の誘いを断ってあのジェラルド・バラルディと夜中まで飲んで、終いにはそいつと同じ部屋に泊まったんだ。ショックだったよ。男もイケただなんてさ。だから次会った時は真正面から一緒に飲もうって誘ったんだ。断られたけど髪を切ったら君の好みになるって言われて……」  確かジェラルドとの縁談が決まってからカルロに会いに行った日、この男に会い、髪を切った方がいいと言った。それはあくまでアドバイスでありレオネは好みを言ったわけではない。 「だからその通りにして毎日海亀亭に通ってたらさ、ある日新聞記者が話しかけてきたんだ。君が結婚するから情報が欲しいって。僕はあの夜、君が男と同じ部屋に泊まった事を話した。そしたら記者が持ってた結婚相手の写真がその男だったんだ! 君があの男と結婚なんてさ……。でもさ、これは神さまが与えてくれたチャンスだと思ったよ」  レオネは驚いて目を見開いた。 (タブロイド紙の情報の根源はこいつだったのか……!) 「ああ、レオネ。僕は本当幸運の持ち主だよ。君の結婚はショックだったけど、お蔭で君がこの屋敷に来る前にここに入ることができた。それにさ、あのジェラルド・バラルディは君を全然愛してないよね!」 (こいつ本当に腹が立つ……)  レオネはジャンを睨んだ。ジェラルドに抱かれてないと言うレオネの傷を無遠慮に踏みつけてくる。  「だって事実だろう? レオネはこんなに男を誘う顔と身体をしているのに、あの夜だって最後までしなかった。ここでも寝室は別だし、あいつは君に関心がないんだ。きっと出張先では女と遊んでるよ!」  ジャンはレオネの顔に当てていた手を滑らせ、両脇から胸、脇腹へかけて撫でていく。腹立たしさと恐怖と気持ち悪さで鳥肌が立つ。 「大丈夫だよ。レオネ。これからは僕が慰めてあげる。辛くなったら二人で楽しもうよ。ぼ、僕は毎日でもいいよ……」  ジャンがさらに肌を撫でまわす。恐怖よりも浮かび上がってきたのは怒りだった。 「んーっ!」  強烈な不快感にレオネは抗議の唸り声をあげる。 「ああ、君って色が白いからキスの痕もすぐ付いちゃうね」  ジャンがレオネの肌を舐めて吸い上げる。 (嫌だ、嫌だ、嫌だ!!)  レオネは屈辱感と気持ち悪さで気を失いそうだった。 「ああ、もうたまんないなぁ……」  ジャンはハァハァと荒く呼吸をしながらジャン自身の股間を触りだした。 (……ジェラルド、ジェラルド、ジェラルド!)  レオネは愛しい人の名を心の中で叫ぶ。身体をさらに汚されそうな恐怖で涙が溢れてきた。

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