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白状2

 ドカドカと階段を駆け上がってくるジェラルドが踊り場から叫んでくる。二階まで登りきる寸前で呼び止められさすがに無視できなかった。 「レオネ!」  ジェラルドの苦しそうな声に、レオネは足を止め振り返った。  大きく描かれた微笑むエレナ。その下からジェラルドがこちらを見上げていた。  幸せそうな家族の絵。それに比べて自分はなんて惨めなのだろう。エレナの代わりでもいいからとエレナの薔薇を胸に挿し舞踏会に行った。しかし、いくら法が変わっても、書類上では妻だとしても、自分は男でジェラルドには愛されないし、ジェラルドの子供も産めない。なのに女のようにあっさり他の男に辱められた。 「お、おかえりなさい。何故お戻りに?」  平静を装ってなんとか笑顔を作り聞く。 「……仕事なんてしてられない」  ジェラルドがレオネの目の前までゆっくり階段を上がってきた。ジェラルドは今にも泣き出しそうな顔をしていて、レオネはそんな彼を見るのは初めてだと思った。 「なんで……大した事じゃないって、い、言ったじゃないですか……」  笑顔を続けることに失敗したレオネの瞳から一筋の涙が零れた。目の前までやってきたジェラルドがレオネをやさしく包み込むように抱き締めてきた。 「全然、大した事ないって顔してない……」  ジェラルドの胸に包まれ、レオネの鼻腔をジェラルドの香りがくすぐる。レオネは身体の奥から沸き起こる熱を感じた。事件から四日間。性欲の類は元から存在していないかのようにレオネの身体は沈黙していたのに、ジェラルドの匂いだけで反応してしまいそうだ。 (もう、無理だ……)  もう嫌われるのを怖がるのにも疲れてしまった。全てを伝えて、楽になってしまいたい。  レオネはジェラルドの背中に手を回し縋り付いた。 「本当に……、本当に大した事じゃないって思おうとしたんです……。最後まで……されたわけじゃないし……」  レオネがそう言うとジェラルドはふーっと大きく息を吐いて「そうか……」と小さく言った。 「だ、だけど、最後までされてないから大したことじゃないって思おうとしたら……」  言葉にするのが辛い。胸が締め付けられるような苦しさに耐えながら言葉を紡ぎ、ジェラルドに心内を白状する。 「あ、貴方とのあの夜も……大した事じゃないんだって……突き付けられてるようで……あの夜は、わ、私にとって……い、一番大切な思い出なのにぃ……」  その言葉にジェラルドは抱擁を解き、驚いた表情でレオネの顔を見つめてきた。 「ご、ごめんなさい……。ジェラルドのこと家族のように、父親のように思わなくちゃいけないのに、全然できなくて……ずっと、私は貴方を……」  レオネは嗚咽を堪えながら話すがボタボタと涙が溢れてしまい、上手く話すことが出来ない。 「ああ、レオネ……!」  ジェラルドはレオネの涙を拭いながら顔を寄せてきた。 「レオネ、私もだよ。私も君を息子のようには見られなかった。……本当に妻にしたいと思ってしまった」  ジェラルドの言葉にレオネは驚き目を見開く。 「帰国したら話したい事があるって言っただろう」  レオネの心臓がバクバクと激しく鼓動している。 「君に伝えたかったんだ。君を愛してるって」 「そ、そんな嘘……」  全身がカッ熱くなり首の動脈が心臓に合わせてゴッゴッと血液を送る音が聴こえる。 ジェラルドはレオネを見つめ微かに笑って言った。 「嘘だなんて酷いな」 「だっ、だって……そんな夢みたいな……」  ジェラルドに愛される夢を何度も見てきた。まさかそれが現実になるなんてレオネは信じられなかった。嫌われることを怖がって、側にいられれば良いと思っていた。 「レオネ、君にキスしたい」  ジェラルドがレオネの耳元で囁き、それだけでレオネは全身に電流が走ったようにゾクゾクとしてくる。 「でも、ギャラリーが居ない所がいいかな」  ジェラルドが困ったように笑う。階段の下にはソニアとドナートが居るような気がする。 「私の部屋に行こう」  ジェラルドがレオネの手を掴んだ。その時、エレナと目が合った。笑顔で描かれた絵画の中のジェラルドの妻。 「だ、ダメです……」  レオネはとっさに身体を固くし、ジェラルドから反らした視線を掴まれた手首へと向けた。 「す、すまない……怖がらせた……」  ジェラルドは動揺したように手首から手を離す。その手首にはジャンに拘束された痣が残っていて、そこにジェラルドの視線を感じた。 「ち、違いますっ! ジェラルドが怖いとかじゃなくて……その、貴方とエレナ様の部屋に入るのは、エレナ様に……申し訳ないです……」 「レオネ……」  ジェラルドは少し困ったように笑うと再びレオネを分厚い胸板で包み込んだ。 「エレナのことで君が少しでも焼いてくれたらな、なんて思ってたけど、苦しめていたようだな」  醜い嫉妬心を見透かされ、でもそれを苦笑いで受け止めてくれるジェラルドにレオネは胸がさらに苦しくなった。ゆるんでいる涙腺からはまた涙があふれだしジェラルドの胸を濡らしてしまう。 「あの部屋は私とエレナの部屋と言うよりこの家の当主の部屋だ。父の代から使ってる一番広い寝室なんだよ。……とは言っても、ベッドも変えず君を連れ込むのはさすがに配慮に欠けるよな」  ジェラルドから『寝室』や『ベッド』という単語が飛び出し、レオネは顏が熱くなるのを感じた。 「ジェ、ジェラルド……なら、私の部屋に……」  恥ずかしさを堪えながらジェラルドの胸に顔を埋めたまま提案した。  事件の後から自室には入っていない。しかし、あの部屋はこの家の皆がレオネの為に作り上げてくれた場所だ。そのまま放置はしたくなった。ジェラルドと共に部屋に入れば、恐怖心も塗り替えられる気がする。 「いい、のか……?」 「はい」  ジェラルドが躊躇うように聞き返して来たが、レオネは静かに頷いた。

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