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白状1
「レオネ様、一緒にクッキー作りませんか?」
ソニアが明るく声を掛けてくる。
レオネはゲストルームでぼんやりと本を読んでいた。
「……ああ、いいよ」
レオネは本から顔を上げて答えた。
キッチンに行くと作業台には既にクッキーの材料が並べられていた。
「レオネ様はクッキー作ったことありますか?」
ソニアが生地を木べラでまぜながらレオネに聞いてきた。レオネは椅子に座り、その様子を見ながら笑って答えた。
「料理自体したことないよ」
「殿方はクッキー作りなんてしませんよね。でも結構楽しいんですよ」
ソニアが笑顔で説明する。
「もう生地は出来てるので、あとはこの生地にチョコチップとかナッツとか、あ、ドライフルーツもあります。これを好きなように乗せるんです」
「へぇー、楽しそうだ」
「このチョコチップはちょっと苦味が強くて大人な味なんです。こっちのアーモンドは塩味付いてるので甘いクッキーにアクセントになります。あ、味見てください」
そう言ってソニアはチョコチップをレオネに差し出してきた。レオネはひと粒とって味を見る。
「本当だ。ビターでこのままでも美味しいよ」
ソニアは「でしょでしょ」と嬉しそうに笑った。
「料理はつまみ食いも醍醐味です! 色々味見てくださいね」
ソニアはそう言ってナッツ類もレオネの前に出してきた。
この四日間、レオネはあまり食事を口にできていない。それを心配したソニアがこのクッキー作りにレオネを誘ってくれたようだった。
園芸小屋での事件以降、レオネは食事と同様に睡眠も上手く取れていなかった。
部屋をゲストルームに移して貰ったのだが、ベッドに横たわると下に誰かいるような恐怖感に襲われ眠ることが出来ない。結局、ゲストルームの書斎スペースでソファに毛布で包まって夜をやり過ごしている。結果、睡眠不足で昼間もウトウトしている状態だ。
着替えや風呂でも身体に残った痕が目に入るとあの時の光景が蘇り、恐怖や羞恥や絶望など、様々な感情が沸き起こってくる。特に手首を縛られてた痕はレオネが必死に暴れたこともあり、かなり濃く付いてしまい、袖を捲ることも極力避けている。
(ジェラルドが帰るまでに普通に振る舞えるようにしなくては……)
ジェラルドは電話ですぐ帰ると言っていたが、その必要は無いと伝えた。今レオネはとてもじゃないがジェラルドに会える精神状態では無い。仕事の邪魔をしたくなかったのも本心ではあるが。
ジェラルドとの初めての夜以降、女にだって触れさせず、その思い出を大事に守ってきた。それをあの男に踏み躙られた悔しさはレオネの心を大きく傷つけた。そして今は警察署に拘留されているらしいあの男にジェラルドが会ったら何を言われるのかという恐怖がある。
レオネの部屋下に忍び込んで聞いたこと、つまり夜な夜なレオネがジェラルドの名を呼び自身を慰めていた事をジェラルドが知ったら、ジェラルドはどう思うだろうか。
ジャンがレオネに執着し欲望の対象にされたことに、レオネは強い恐怖感と嫌悪感を感じた。ジェラルドがレオネの想いを知ったら、レオネがジャンに抱く嫌悪感と同じものを、今度はジェラルドから向けられるのではないか。このくすぶる不安感でレオネは消えてしまいたくなっていた。
とにかくジェラルドが来月帰るまでまだ時間がある。あの事件から今日で四日目。今は一旦心に封をして平常の生活ができるように努めようとレオネは考えた。
「こんな感じでいいのかな?」
ソニアが丸めたクッキー生地の上にチョコチップを乗せる。
「いいですよ。それでグッと押し込んでください。こんな感じに」
ソニアがチョコチップを細い指で押し込む。
「なるほど」
要領を得てナッツやドライフルーツも同じように乗せて押し込む。
黙々と作業を続けているとふとジェラルドの声がした気がした。ハッと顔を上げて固まるレオネを不審に思いソニアが「レオネ様?」と聞いてくる。
「……いや、何でもない。気のせいだ」
幻聴まで聴こえてきていよいよ自分はかなりマズい状態なのかもしれないと思った。ところが今度ははっきりと「レオネ!」と呼ぶ声がした。顔を上げると、今度はソニアにも聴こえたようだった。
「ジェラルド様ですよ! 帰ってきたんですよ!」
「な、なんで⁉ 知ってたの⁉」
レオネはソニアに詰問した。
「私は何も聞かされてませんが、ジェラルド様なら絶対にすぐ帰って来ると思ってました!」
ソニアは当然だとでも言うように断言する。
「む、無理だっ! 会えないよ!」
レオネはそう言うとキッチンを飛び出した。
「ま、待って! レオネ様!」
ソニアが呼び止めるのも聞かずゲストルームへと急ぎ歩く。
「ジェラルド様! レオネ様はこっちです!」
だがソニアが大声でジェラルドを呼んでしまった。廊下を走ることはしなかったレオネに対して、ジェラルドはお構い無しにものすごい速さで追いかけて来た。
「レオネ! 待ってくれ!」
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