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初恋
四日ぶりに入った自身の寝室。夕方に差し掛かり、縦長の大きな窓からは黄味を帯びた光りが白いレースのカーテン越しに差し込んでいた。淡い色で統一された家具や寝具。カーテンを開ければば美しい庭が臨める。
独りでは近づくこともできなかったのに、ジェラルドが手を引いてくれて一緒に入れば陰鬱な空気は全く感じなかった。
「君の部屋を一階にしてしまったのは軽率だった。まさか床下に入られるとは思ってなかった。怖い思いをさせてしまってすまなかった」
ジェラルドの言葉にレオネは驚いて顔を上げた。
「もっ、もう、知ってるんですか……!」
「ああ。さっきロランドに駅まで迎えにこさせて話を聞いた」
レオネは甘い空気から一点、ザァッと血の気が引く気がした。
ロランドはどこまでジェラルドに話したのだろうか。聞いた内容を確認したいが墓穴を掘る結果になりそうだ。せっかく愛してると言ってもらえたのに嫌われたくない。
青い顔で黙り込むレオネを心配したのかジェラルドが声をかけてきた。
「レオネ、その……皆の前で下品なことを言いふらされたそうだが、そんなの健康な男子なら当然だ。そんなに気に病まなくていい」
ジェラルドがフォローしてくる。その内容からロランドは全てを伝えたわけじゃないことが推測できた。
「は、はい……」
レオネは目を合わせずに返事をした。しかしそれが良くなかった。
「……レオネ? 他に何か隠してるのか?」
「えっ」
ジェラルドが鋭い眼光で聞いてくる。レオネの声が裏返り、動揺が悟られてしまった。
「まさか、誰か連れ込んでたとか……」
ジェラルドが眉を寄せ睨んでくる。
「そ、そんなことしてません!」
「いや、いいんだ。私は君に女性との結婚を勧めてたくらいだし、過去を責める資格は無いよ。たが真実は知りたい」
責める資格は無いと言っているが明らかに怒っている。繋いでいた手に力が籠められた。
「ジェ、ジェラルド、本当に私は誰かを寝室に連れ込んだりしてません!」
「本当に? じゃあ何を隠している?」
本当の事を言うまでジェラルドは許してくれないのだろう。追い詰められたレオネは観念してしどろもどろで口を開いた。
「ひ、独りでしてる時……」
途轍もなく恥ずかしいのと軽蔑される恐怖で声が震える。
「いっ、いつも貴方の名前を……呼んでしまってて……それをあの男が聴いてたらしくて……ご、ごめんなさい……」
目に再び涙が溜まって溢れそうになる。するとジェラルドがガバッとレオネを抱き締めてきた。
「ジェ、ジェラルドっ⁉」
「はぁーっ、殺し文句過ぎるだろ!」
抱き締めたまま苦し気に話すジェラルド。低い声が身体の奥まで響いてきてゾクリとした。
「ジェ、ジェラルドは、私が気持ち悪くないんですか?」
早鐘のように鳴る心臓を抱えつつレオネが質問をぶつけると、ジェラルドは抱擁を解き見つめてきた。
「気持ち悪い? なぜ?」
「だ、だって、自分が欲望の捌け口にされていたら不快ではないですか? 私はあの男に執着されていたと知ってもの凄く気持ち悪くて、怖くて……」
レオネは嫌悪感に眉をひそめる。
「それは君があいつを愛していないからだろう? 正直に言えば、私だって君を想って独りでしてたし、夢の中で無理やり君を……犯したこともある」
ジェラルドの言葉にレオネは驚いて固まった。
(ジェラルドも私で……?)
「……気持ち悪いか? いや、さすがに不快か」
ジェラルドは不安げに聞いてきて、小さく「言わなきゃ良かったな……」と独り言のように呟く。レオネは首をブンブンと横に振った。
「い、いえ!……むしろ、嬉しいです……」
「じゃあ、私と一緒だ」
「でも、私はもうジェラルドになら、もう……何をされても嬉しいんです」
戸惑いつつもジェラルドにそう伝える。ジェラルドはフッと笑う。
「レオネ、それも私と同じだよ。それが恋と言うものだろう」
ジェラルドの言葉にレオネは何かがスコンと嵌ったような気がした。
「あ……そうか……」
なんだか納得したら途端に恥ずかしくなってきた。
「私は……この気持ちは異常な執着心だと思っていましたが……、そうか、私は初めて恋をしていたんですね……」
成人してだいぶ経つのに自分は何を言っているんだろうとレオネは思い、恥しくてジェラルドの顔を見ていられなくなった。しかし今まで沢山の女性と関係を持ったが、ジェラルドに対するような執着心を持ったことは無かったのだ。
レオネの言葉にジェラルドは息を呑み、やがて大きく息を吐いた。
「レオネ、君は可愛すぎるよ。これ以上私を煽らないでくれ。紳士でいられない」
レオネは顔を真っ赤にしてジェラルドを見上げた。
「さっき言いました。私は貴方になら何をされても嬉しいんです……」
「レオネ……」
ジェラルドが甘く名を呼びレオネの頬を撫でる。手は頬から耳、頭へと移り、優しく髪を撫で、やがて端正な顏が近づいてきて、レオネは目を閉じた。
唇に感じる柔らかな感触。
もう諦めていた、でも本当はずっと待ち求めていたジェラルドのくちづけ。
それは啄むような優しいものから徐々に深いものへと変わっていった。舌で舌を嘗め撫でられる気持ちよさに全身が震える。チュッと音を立てて唇が離れると、黒い瞳が優しげにこちらを見つめていた。
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