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[40] 初恋
ジェラルドはレオネの手を引き、当然のように書斎を通り抜け、奥の寝室にレオネを連れ入った。初めてジェラルドの寝室に入ったレオネはそれだけでさらに顔がさらに熱くなるのを感じた。
ジェラルドの寝室はクラシカルな落ち着いた雰囲気で、マルタ達により丁寧に掃除はされているはずなのだが、長年使用しているからかジェラルドの匂いが微かに漂う。それにも胸が高鳴ってしまいレオネはとことんジェラルドの匂いに弱いのだと実感した。
「レオネ……」
手を引かれたまま固まるレオネにジェラルドがその名を呼び、頬に触れる。頬から耳、髪へと撫でられ、腰を抱き寄せられた。
「愛してる……」
ジェラルドがレオネの目を見てそう告げてくる。レオネの瞳からはまた涙が溢れ出した。
「ジェラルド……私もです。私も、愛しています」
レオネがそう告げるとジェラルドが嬉しそうに微笑み、レオネの唇に唇を重ねてきた。
それは唇を合わせるだけの優しいくちづけだった。一年半以上憧れ続けた柔らかな感触に、レオネは蕩けた。
「レオネ、今日からここが君の寝室だから」
レオネの腰を抱いたままジェラルドがそう言ってきて、レオネは目を見開いた。
「君は私の妻なんだから、夫と一緒に寝るのは当然だろう?」
ジェラルドが微笑みながら言う。
「……嬉しい」
レオネは涙を流しながら微笑んだ。
本当にこれは夢なのではないだろうかと思うほどレオネは幸せを感じる。するとジェラルドはレオネを再び抱き締めて頭を撫でながら言った。
「君の部屋を一階にしてしまったのは軽率だった。まさか床下に入られるとは思ってなかった。怖い思いをさせてしまってすまない」
レオネは驚いて顔を上げた。
「もっ、もう、知ってるんですか……!」
「ああ。さっきロランドに駅まで迎えにこさせて話を聞いた」
レオネは甘い空気から一点、ザァッと血の気が引く気がした。
ロランドはどこまでジェラルドに話したのだろうか。聞いた内容を確認したいが墓穴を掘る結果になりそうだ。せっかく愛してると言ってもらえたのに嫌われたくない。
青い顔で黙り込むレオネを心配したのかジェラルドが声をかけてきた。
「レオネ、その……皆の前で夜のことを下品に言いふらされたそうだが、そんなの健康な男子なら当然だ。皆わかってるし何とも思ってないから、そんなに気に病まなくていい」
ジェラルドがフォローしてくる。その内容からロランドは全てを伝えたわけじゃないことが推測できた。
「は、はい……」
レオネは目を合わせずに返事をした。しかしそれが良くなかった。
「……レオネ、何か隠してるのか?」
「えっ」
ジェラルドが鋭い眼光で聞いてくる。レオネの声が裏返り、動揺が悟られてしまった。
「まさか、誰か連れ込んでたとか……」
ジェラルドが眉を寄せ睨んでくる。
「そ、そんなことしてません!」
「いや、いいんだ。私は君に女性との結婚を勧めてたし、適度に遊ぶことも許可してたくらいだから、過去を責める資格は無いよ。たが真実は知りたい」
責める資格は無いと言っているが明らかに怒っている。抱き寄せている腕にも力が入り離すつもりは無さそうだ。
「ジェ、ジェラルド、本当に私は誰かを寝室に連れ込んだりしてません!」
「本当に? じゃあ何を隠している?」
本当の事を言うまでジェラルドは許してくれないのだろう。追い詰められたレオネは観念して話し始めた。
「わ、私は……ジェラルドに会ってから、女性に反応出来なくなって……でも……だ、出さないと寝ている間に……し、下着を汚してしまうし……なので、独りで……その、処理してましたが……」
途轍もなく恥ずかしいのとジェラルドに軽蔑される恐怖でレオネはだんだん声が震えてきた。
「いっ、いつも貴方の名前を……呼んでしまってて……それをあの男が聴いてたらしくて……ご、ごめんなさい……」
目に再び涙が溜まって溢れそうになる。するとジェラルドの腕にグッと力が入り、レオネはそのまま担がれるように抱き上げられた。
「ジェ、ジェラルドっ⁉」
そしてそのままベッドに押し倒された。
「はぁーっ、殺し文句過ぎるだろ……」
そう言ってジェラルドがレオネに覆い被さり再び唇を重ねてきた。今度は貪るように唇を吸われ舌を入れられる。
「んっ……はぁ……ジェラルドっ……私が気持ち悪くないんですか?」
キスの合間にジェラルドに質問する。
「気持ち悪い? なぜ?」
「だ、だって、自分が欲望の捌け口にされていたら不快ではないですか? 私はあの男に執着されていたと知ってもの凄く気持ち悪くて、怖くて……」
レオネは嫌悪感に眉をひそめる。
「それは君があいつを愛していないからだろう? 正直に言えば、私だって君を想って独りでしてた。夢の中で無理やり君を……犯したこともある」
ジェラルドの言葉にレオネは驚いて固まった。
(ジェラルドも私で……?)
「……気持ち悪いか?」
ジェラルドが不安げに聞いてきて、レオネは首をブンブンと横に振った。
「い、いえ!……むしろ、嬉しいです……」
「ほら、私と一緒だ」
「でも、私はもうジェラルドになら、もう……何をされても嬉しいんです……ちょっと異常なんです」
戸惑いつつもジェラルドにそう伝える。ジェラルドはフッと笑う。
「レオネ、それも私と同じだよ。それが恋と言うものだろう」
ジェラルドの言葉にレオネは何かがスコンと嵌ったような気がした。
「あ……そうか……」
なんだか納得したら途端に恥ずかしくなってきた。
「私は……この気持ちは異常な執着心だと思っていましたが……、そうか、私は初めて恋をしていたんですね……」
成人してだいぶ経つのに自分は何を言っているんだろうとレオネは思い、恥しくて覆いかぶさっているジェラルドの顔を見ていられなくなった。
今まで沢山の女性と関係を持ったが、ジェラルドに対するような執着心を持ったことは無かった。
レオネの言葉にジェラルドは息を呑み、やがて大きく息を吐いた。
「レオネ、君は可愛すぎるよ。これ以上私を煽らないでくれ。紳士でいられない」
レオネは顔を真っ赤にしてジェラルドを見上げて言った。
「さっき言いました。私は貴方になら何をされても嬉しいんです……」
ジェラルドがゴクッと喉を鳴らす。黒い瞳が眼鏡の奥で肉食獣のようにギラつく。その目にレオネは興奮を覚えた。
レオネのシャツにジェラルドの指がかかった時、レオネは忠告した。
「ジェラルド、すみません。……乱暴された痕が残っていて、不快だと思いますのでこのままでも……」
ジェラルドが眉をひそめる。レオネの手首を取ると袖を少し捲った。
「これだけじゃないんだな」
既に手首の縛られた痕には気付かれていたようだ。
「……すみません」
「君が謝ることじゃない。全部確認したい。いいか?」
レオネは一瞬迷ったが静かに頷いた。
ジェラルドの手によりボタンが外されて行く。
素肌が晒され、それを見たジェラルドがギリッと歯を鳴らした。ジェラルドはそのままレオネのズボンにも手をかける。
「腰上げて」
静かに言われレオネは従った。下着ごと一気に脱がされ、一糸まとわぬ姿でベッドに転がされる。流石に羞恥心が湧き脚を閉じて股間を隠す。
ジャンがつけた痕は胸に執拗に存在し、今は見えないが脇の下や内腿などにもつけられている。さらに目立つのは両手首と両脚の縛られた痕だ。
ジェラルドの顔がどんどん険しくなる。レオネはジェラルドへの申し訳無さと悔しさで息が出来ないほど苦しくなった。涙が目尻からこめかみへと流れる。
「レオネ……怖かったな……」
レオネが泣いているのに気付いたジェラルドが瞼にキスを落とした。
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