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[46] 熟考

 玄関ホールの掃除をしながらソニアは柱時計を見た。時刻は午後三時になろうとしている。  ジェラルドとレオネが部屋に籠もって約三時間。まあつまりレオネが白状して、そのままそういう事になっているのだろう。  昨日ジェラルドが帰国し、二人の恋は決着がつき、ドナート、マルタ、ソニアの三人はホッと胸を撫で下ろした。  今二人はまさに蜜月。ひたすらくっついて居たい時期だろうから誰も咎めるつもりはない。しかし、なんだかんだでまだ十代のソニアには中々刺激が強い。  今朝も起きてきたレオネは詰め襟のシャツで隠しているが首筋には明らかなジェラルドが付けたとわかる鬱血の痕があり、手首の縛られた痕も縄目の濃いものに変わっていた。表情に出さないようにしているが歩いたり座ったりする所作がいつもよりゆっくりで、何より全体的に艶っぽい。  ソニアが初めてレオネを見た時はおとぎ話に出てくる王子様がそのまま抜け出て来たようで衝撃を受けた。物腰も柔らかで優しく、それでいて気さくな正確にソニアはレオネが大好きになった。好きと言っても舞台俳優を眺めるような感覚に近く、恋とはちょっと違うような気がしていた。  レオネがジェラルドのシャツを嗅いでいる場面に遭遇した時、ソニアの中のレオネ像が崩れた。王子様からただの成人男子に成り下がったのだ。  なんてことは無いようなフリでレオネには接してきたが、男兄弟も居ないソニアは殿方の性事情にだいぶ戸惑いもあった。しかし、一途にジェラルドを想い苦しんでいるレオネが可哀想でもあり、応援したくもなった。  以来まるで女友達か姉妹ののような気分でレオネと接してきた。そんなレオネの恋が成就し、本当良かったと心から思うと同時に、なんだか少しの淋しさも感じている。  ぼんやりとながら手はいつも通りに動かし掃除を終えた頃、玄関扉が開いた。 「ロランド様。いらっしゃいませ」 「やあソニア」  入ってきたロランドに挨拶をする。ロランドは声のトーンをやや下げて聞いてきた。 「レオネは、どう?」  五日前のあの事件以来、ロランドは度々屋敷に顔を出してはレオネの様子を聞いていた。 「もう、大丈夫ですよ。食事もしっかり取られましたし」  ソニアが笑顔でそう答えるとロランドはホッとしたしたように「そうか、良かった」と呟いた。 「今はどこに?」 「えっと、ジェラルド様のお部屋です。ジェラルド様も一緒に……」  ソニアが口籠りながら言うと、ロランドは深く溜息をついた。 「まったく昼間っから……昨日の今日だろ?レオネ大丈夫かな……」  ロランドが呆れたようにジェラルドの部屋の方向を見る。 「なんと言うか、私が煽ってしまったと言うか……」  苦笑いしながらソニアが言うとロランドは「なになに?」と聞いてきた。 「いえ、ジェラルド様が私とレオネ様の仲を疑ってらっしゃるので、如何(いか)にレオネ様がジェラルド様を想っていらっしゃるか、ちょっとヒントを……」 「そしたら燃え上がっちゃって真っ昼間から寝室にレオネを引きずり込んでんのか」  ロランドのあからさまな表現にソニアは頬を染める。 「でも君はレオネが好きだったんじゃないか。そんな敵に塩を送っちゃっていいの?」  ロランドがからかうように言ってきた。 「私は元からレオネ様の恋を応援してましたよ。レオネ様の事は好きですが、そう言う『好き』とは違います」  ソニアがきっぱり断言したが、ロランドはふーんと相槌を打ちつつもなんだか信用していない。 「そもそも、ロランド様もレオネ様の事、本気で好きでは無かったですよね」  ソニアの指摘にロランドは一瞬目を見開き驚きの表情を見せたか次の瞬間には淡々と話し始めた。 「そんなことないよ。好きだったよ。流石にもう父さんに敵わないって実感してるけどさ。あの美しさはどんな男でも手に入れたくなるよ」 「そう、それ。そんな感じなんですよね」  ソニアがロランドにかぶせ気味に話す。 「そ、そんな感じって?」 「レオネ様を見て口説いてくる人は男女問わず美しい美しいって言うんです。私も初めてレオネ様を見た時は本当に美しいと思いました。でも、ジェラルド様はレオネ様のこと『可愛い』って思っていると思います。」 「まあ、父さんからしたらレオネは十五も下だし……」  ソニアの話を聞きつつ、ロランドは言い返すが、ソニアは更に持論を展開する。 「いえ、そういう事ではなく、実際にジェラルド様の前ではレオネ様は可愛いんです。私達の前では貴族の美しい紳士ですが、好きな人の前では可愛いただの青年なんですよ。思うにレオネ様にあの目を向けられた者だけが、本当の意味でレオネ様を好きになるのでは無いかと」 「……つまりレオネの本質を向けられてない我々は真の意味でレオネを好きにはなっていないと……」 「その通りです!」  ソニアはロランドが理解してくれたことが嬉しくなり笑顔を向けた。 「へぇ〜。君、なかなか鋭いねぇ……」  ロランドは二つ歳下の若いメイドを見つめて関心したようにそう言った。

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