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車中1
「ああー……腰が痛てぇ……」
三時間ぶりに車から降りたジェラルドは大きく伸びをしてそう呻いた。
ここはレオネの故郷ロトロにほど近い街道沿いの小さな町。給油と休憩を兼ねての停車だ。王都サルヴィを出で既に六時間。小さな箱に押し込められているせいで身体が悲鳴をあげている。
(やっぱり汽車にすべきだったか。でもなぁ)
レオネとの結婚がタブロイド紙で下品な書かれ方をされて以降人目が気になる。汽車ではなく車を選んだのはレオネを好奇な視線に晒すのは避けたかったからだ。
ジルベルタにより勝手に進められた結婚とは言え、婚姻関係を継続すると決断した限りはブランディーニ家に挨拶に行くべきと考えたジェラルドは、最優先でブランディーニ家へレオネと共に訪問することを決めた。一泊二日でロッカ平原視察も行う。
ロトロ行きを決めるとなぜかジルベルタとロランドも一緒に行くと言い、秘書のウーゴと執事のドナートも同行するので、車二台で向かうことになった。
出発時には「僕はレオネと乗りまーす!」とロランドが宣言し、ジェラルドはジルベルタと同乗することになった。
今回の縁談騒動はレオネの寛大な措置によりジルベルタを訴えることはしなかったが、何もお咎め無しと言う訳にもいかない。ジルベルタには向こう三年役員報酬の五割減を言い渡し、ジェラルド自身も監督責任として同様に措置に。ロランドも報告を怠ったとして一年間役員報酬一割減とした
結局、車中ではジルベルタがレオネの近況を少し話してきたくらいであとはお互い黙って三時間すごした。
一回目の休憩の後、今度はジルベルタがレオネと乗ると言い出し、ジェラルドはロランドと同乗することになった。
ロランドはジェラルドがレオネに手を出した事にまだ文句を言い、自分も屋敷に戻ると言ってきたが『レオネに懸想している奴を誰が住まわせるか』と思いジェラルドは許可しなかった。そもそもロランドには嫁を取り跡取りを儲けてもらわねばならない。レオネを追っかけられても困るのだ。
そんなこんなで朝から六時間。姉と息子にうんざりしつつあるがあと少しでレオネの生家に着くはずだ。
運転手たちが燃料屋に金を払っている。給油が終わったようだ。陽が西に傾き街の色が黄味を帯びてきた。夕暮れ前には着くだろうか。
「ジェラルド様」
空を見上げ煙草をふかしてたジェラルドにレオネが声をかけてきた。
「もうすぐ着きますので、私がご一緒させていただきます」
ブランディーニ家に着いたら夫としてレオネの両親に挨拶せねばならない。その為レオネが同じ車に乗ると言ってきたのだ。
「ああ、頼むよ」
チラリともう一台の車を見るとロランドが睨み、ジルベルタが呆れ顔でロランドをたしなめていた。
車は焦げ茶色の車体で運転席にはバラルディ商会雇用の運転手と助手席にはウーゴが座っている。後部座席は二人掛けの革張りの座席で、運転席側とは小窓がついた壁で仕切られている。前方も後方も全て屋根で覆われた天候を気にしないで済む最新式の石油燃料の自動車だ。
レオネが座ったのを確認してジェラルドも乗り込み、前方との小窓をあけ運転手に「出してくれ」と伝えた。ブロロロ……とエンジンが鳴り響き車が走り出す。小窓は開けたままにする。レオネと密室は避けたいと思ったからだ。
レオネに謝罪する為に部屋を訪れたあの時、レオネは明らかに泣いていた。
ジェラルドの暴言『男娼のような真似をして』の後にレオネは激怒しわけで、ジェラルド自身もあの発言はかなりまずかったと反省している。
レオネは「貴方から縁談を申し込まれたから承諾した」と言っていた。ロランドが言っていた男色貴族との縁談より身の安全を感じての承諾だったのだろう。暴力性などが無く、レオネを思い最後までしなかったジェラルドとの一夜はレオネにとって及第点だったのだろうと推測している。
レオネはジェラルドが求めれば応じる覚悟で嫁いで来たのだろうが、ジェラルドはそこに漬け込むようなことはしたく無かった。
こうなったからにはレオネが安心して過ごせる環境を作り、年長者として若い彼を守ってやりたい。
――だが、
彼は眩しいほどに美しく理性が揺らぎそうになる。不謹慎ながら怒った顔や泣き顔は彼の人間らしい感情が剥き出しとなり、人形のように澄ました顔より格段にそそるものがあった。
今日のレオネは象牙色のスーツに、茶色ベースに若草色を指したタイを締め、美しい金色の髪は一本に編み込まれ肩から胸に垂らしている。スーツはジルベルタが外商を呼んで選んだものだそうで、髪は今朝メイドのソニアが編んだらしい。全部ジルベルタからの情報だが。
(レオネはどの年代の女にも大人気だな……)
そう思いつつ横目にチラリと隣を盗み見る。
高身長で肩幅もあるジェラルドと、同じくらい長身であるレオネが同乗すると後部座席はこれまでより密度が増した気がした。姉と息子では多少身体が触れても気にもとめないが相手がレオネとなると違ってくるからそう感じるのかもしれないが。
「ジェラルド様、腰痛みますか? 押しましょうか?」
レオネが心配そうに聞いてきた。無意識に座り位置を調整していたようだ。
「いや、もうすぐ着くし大丈夫だ」
レオネからの魅力的な申し出だが、やんわり断る。
「なんだか遠くて申し訳ないです。長時間座りっぱなしは堪えますね。私もお尻が痛くなってきました」
『じゃあ、私が揉んでやろうか』と言う言葉が頭に浮かんできて打ち消す。レオネに対してただの色欲オヤジに成り下がっている。気を引き締めないとどこかでボロがでそうだ。
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