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父子

 ソニアはレオネを残しパタパタとダイニングの奥のキッチンへと行ってしまった。レオネも行かねばと思っている時。 「レオネ、おはよう!」 「ロランド! こんな早くにどうしたのですか?」  玄関ホールからロランドが入ってきた。 「早く起きたから僕もレオネと朝食を一緒にしたいと思ってさ」  ロランドはにっこり笑いそう告げてくる。レオネはなんと答えたらよいか悩みつつ笑顔でごまかした。ロランドはそんなレオネをエスコートするかのように勝手知ったる実家のダイニングへと入って行く。 「……ロランド、何しに来たんだ」  先に席に着いて新聞を読んでいたジェラルドが呆れたように息子を見る。 「ずるいよ、父さん。毎日レオネと朝食一緒にしてるなんてさ!」 「お前……ここへ寄る余裕があるなら他にもやる事があるだろう。まだまだ半人前なんだから」  説教する父親を無視し、ロランドはレオネの向かいに座るとジェラルドに出された皿を見てドナートを呼んだ。 「ドナート、僕のトマト抜いて」 「ドナート、駄目だ。トマトも入れてこい」  間髪入れずジェラルドがその注文を訂正する。ドナートは「はいはい」と言ってキッキンへ向った。  『何しに来たんだ』と言いつつもちゃんと朝食は用意させるジェラルド。そんな親子のやりとりをレオネは微笑ましく思い見つめた。  正直、今朝はロランドが来てくれて助かった。昨日よりもさらにジェラルドの二人きりでは平静を装えない。 「やっぱりレオネは寝起きでも美しいね」  ロランドが出された朝食プレートのトマトを器用に避けながらレオネを口説いてくる。 「寝起きってほど起きたばかりではないですよ」 「いやでもさ、こんな美しい人と朝食なんて、今日一日良いことありそうって感じるよ。やっぱり僕、この家に戻ろうかなぁ」  どこまで本気なのかわからないロランドの言動。本気の告白ならきっぱりと断れるのだが、ロランドはどこか冗談ぽさがある。 「ロランド、レオネを見せ物扱いするな」  そんなロランドをジェラルドがピシャリと注意した。ロランドは「へーへー」と肩を竦める。  『見せ物扱いするな』 その言葉はレオネの胸を弾ませる。レオネはいつだって見せ物扱いだ。それは仕方ないことだと思っていたが、ジェラルドはそれを否定してくれる。  嬉しさを押し込め、変わらない表情を保とうとしていると、ジェラルドがレオネに視線をむけた。 「レオネ。ロッカ視察の件、私が同行しようと思う。来月になるが……」 「えっ! 本当ですか?!」  てっきりバラルディ商会の誰かが同行するだろうと思っていたレオネは思わず声を上げた。 「えー、なになに? またロトロ行くの?」  ロランドが空かさず興味を示す。レオネは嬉しさに顔が綻ぶのを抑えられない。 「ええ、ロッカの視察に行きたいとお願いしていたんです! ジェラルドが来てくださるなら安心です!」 「えー、父さん忙しいだろ? なんなら僕が行くよ!」 「半人前の二人で行ってどうするんだ。観光旅行になるだけだ」  ジェラルドが顔を顰めてレオネとロランドを見る。レオネはこのバラルティ家に来てまだ半年にも満たないし、ロランドも学校を出て商会で働き始めてまだ二年目だ。ジェラルドからしたら二人まとめて未熟者だろう。 「じゃあ父さんが一緒でもいいから、僕も連れてってよ」 「『一緒でもいいから』って、なに許可する権限が自分にあると思ってるんだ。経費の無駄だ」 「ちぇ、ケチだなぁ」  むくれるロランドとは反対にレオネは嬉しさで胸がいっぱいだった。本来の目的であるロッカの居住エリア視察と言う任務を忘れかけそうだ。 「サルヴィ駅までは車でウーゴに送って貰って、ラヴェンタまでは汽車で行く。そこからロッカまではラヴェンタ支店から車を出させるよ。汽車は始発になるかな」  ジェラルドが淡々と行き方を説明する。 「あの、汽車は二人で乗る……と言うことですが?」  レオネはふと疑問と不安を感じて聞いた。 「そうだが……嫌か?」 「いえ! 嫌とかではなく……」  レオネは少し戸惑いながら伝えた。 「私、汽車の乗り方と言うか、切符の買い方がわかりませんが、ジェラルドはご存知ですか?」  ジェラルドと二人きりと言うことは妻であるレオネが積極的に雑用をしなければならない。だが汽車は乗ったことはあるがいつも使用人が一緒でレオネは着いていくだけだった。  レオネの正直な申し出にジェラルドはフッと微笑んだ。 「大丈夫だ。君にも乗り方を教えるよ。一人で乗ることは無いと思うが何でも経験だ」 「はい! よろしくお願いします!」  自分の世間知らずさには恥ずかしくなるが、ジェラルドとの間にあった重い空気が晴れた気がしてレオネは嬉しくなった。何よりジェラルドとの二人旅が楽しみで仕方ない。 「またブランディーニ家に泊まるの?」 「いや、そう頻繁に行くのも申し訳ない。ラヴェンタにホテルを取るよ」  ロランドがそう尋ね、ジェラルドがサラリと答えた。たがその答えにロランドは不満げにジェラルドを睨む。 「二人でホテルに泊まるの? 経費節約とか言って、一部屋にしたりしないでよね」 「するかっ!」  低く唸るように怒るジェラルドを無視してロランドはレオネを見た。   「レオネ、ちゃんと鍵のかかる部屋にしてもらいなよ」 「あ……あはは……」  レオネは曖昧にごまかした。  今だって寝室に鍵などかけていない。  ジェラルドと出会った港町、ラヴェンタ。  そこでジェラルドとまた一夜を過ごすのだ。レオネは油断すると膨れあがってしまいそうな期待を必死に押し込めた。

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