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薬茶1
ジェラルドが国外出張へと出発してから四日目の朝。レオネはダイニングでいつも通り朝食を取っていた。斜め左側の席をぼんやり見つめながらデザートの葡萄を口に含む。口の中で弾ける果汁はあまり甘くない。
「今日の夕方にはホテルに着くでしょうから、電話、かけてこられるんじゃないでしょうか」
ドナートがお茶を注ぎながら唐突にレオネに言った。誰からの電話だとは言わないがレオネが待つ人は一人しかいない。
「そんな着いただけでかけてくるでしょうか」
ジェラルドは節約家だ。高い電話料金を払ってまでそう頻繁に電話をかけてくるとは思えない。
「私はかけてくると思いますね」
ドナートが確信を持ってニッコリと断言してくる。確かにすぐ近くの商会に電話が引いてあるのに、自宅まで引いてしまったのだ。かけないほうがむしろ損なのかもしれない。
その時。
――リリリ……リリリ……
「え!」
電話機のベルにレオネが思わず立ち上がる。
「流石にジェラルド様では無いはずです」
ドナートがそう笑いながら談話室に置かれた電話機へ向かって行く。レオネも気になり後についていった。
「はい、バラルディでごさいます。……おはようございます。……まったく、何をされているのですか」
電話に出たドナートがなにやら呆れたように話している。
「ええ、いらっしゃいますが。……ジェラルド様が不在だとすぐこれですか。……はいはい、お待ちください。レオネ様、ロランド様です」
ドナートの口調から予想していたがやはり掛けてきたのはロランドらしい。ドナートから受話器を受け取る。
「もしもし?」
『あ、レオネ! おはよう』
「おはようございます。どうなさったのですか?商会からかけてらっしゃるのですか?」
『そうだよ。うちに電話が入ったってきいたからさ。父さんもいないし』
電話機ごしにロランドが楽しそうに言う。
「そんな、料金が勿体無いですよ」
『用があってかけたんだよ。レオネは今日一日家にいる?』
レオネは「おりますが?」と答える。
『僕のアパートメントの近くに新しいパティスリーが出来たんだ。そこのケーキで一緒にお茶しようよ。あ、僕のアパートメントにレオネが来てくれてもいいよ?』
ロランドは本気かジョークかわからない雰囲気でレオネを口説いてくる。さすがに彼のアパートメントで二人きりで会うのは良くない。
「こちらに来ていただけると助かります」
『ま、そう言うと思ったよ。じゃあ、三時頃行くから』
「ええ、お待ちしております」
そう言って受話器を置く。
「ロランドが三時頃いらっしゃるそうです」
「まったく、ジェラルド様が不在だとすぐサボり始めますね。次期会長なのですがらもっとしっかりして頂かないと」
ドナートが困ったように愚痴る。
レオネとドナートが話しているとジャンが談話室に入ってきた。
「お、おはようございます……」
「おはようございます。ニコラはどうですか?」
ドナートが挨拶しつつジャンに尋ねた。
「ニコラがどうかしたのですか?」
レオネは疑問に思い聞いた。
「実は昨夜、座った椅子が壊れて腰を悪化させてしまったようで」
「えっ! 大丈夫なんですか⁉」
ドナートの説明に、レオネは驚き声を上げる。ニコラとジャンはこの屋敷敷地内の離れに住んでいる。レオネはそんなことがあったなんて全く知らなかった。
「ふ、古い椅子だったんです。僕が確認したら脚の根本がなんか緩んでました。危ないからもう捨てましたが。今は歩けないほどじゃないけど、た、立ったり座ったりが辛そうです」
「すぐに医者を呼びましたが、安静にしているほか無いようです」
ジャンが早口で説明し、ドナートがそれに補足を入れた。
腰が悪いニコラが座った椅子がよりによって壊れるなんて、なんて運の悪さだろうか。
「あ、あのレオネ様、それで庭仕事……僕一人だと終わりそうになくて……一緒にやってもらえないですか?」
ジャンがおずおずと聞いてきた。その内容にドナートは口調を荒げる。
「ジャン! 使用人が仕えている方に作業をお願いするなど……分をわきまえなさい。レオネ様はあくまでご趣味で園芸をされているのです。作業者が足りないなら人を雇います」
ドナートが言っていることはもっともなのだが、ジャンはいつもながらレオネとの距離感がズレている。
「まあ、ドナート。私も気分転換したいですし。ジャン、午後からなら少し手伝えるよ」
薔薇の様子も気になるのでレオネは引き受けることにした。ジャン一人での作業にも若干の不安を感じる。
「じゃ、じゃあ、午後からよろしくお願いします!」
ジャンは嬉しそうにそう言うと談話室を早々に出ていった。
「レオネ様、申し訳ございません」
ドナートが溜息をつき謝る。
「いいですよ。あまり堅苦しいのも好きではないですし」
レオネは苦笑いしながら答える。
「ですが、レオネ様はジェラルド様の大切な奥様なのですよ。ソニアもレオネ様に馴れ馴れしいですし……。若い者にはきちんと指導しなくては」
ドナートは決意し鼻息を荒くしていた。
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