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第17話 今世の意味

「おおー、大日如来ってやっぱり派手だよなあ」  ふと気づくと、隣にタカトが立っていた。 ——幸野谷の子孫って、大日如来の子孫ってこと?  そうだとしたら、タカトは大日如来の子孫だということになる。ただ、宇宙の理を人格化したとされる方の子孫だとしたら、タカトは人間ではなく、宇宙の理そのものということになる。 ——え、どういうことだろう……。  考えれば考えるほど、話が難しくなっていく。ただ、あまりその辺りをはっきりさせることを、貴人様は勧めていない。それに倣って、綾人はこれ以上深く考えるのはやめておくことにした。 「綾人、待って」  先へ進もうと一歩踏み出そうとしたところで、タカトがその行く手を遮った。そして、綾人の前髪を手でかきあげたかと思うと、何かを見つけたようで、目を丸くしながら「やっぱり」と呟いた。 「綾人、これどうしたんだ?」  鼻先が触れそうなくらいの距離まで顔を近づけられ、綾人の額をじろじろと見ている。タカトは時々、こうやって綾人の顔をじっと見つめる癖がある。  眉間に何かを見つけたようで、それを見るために前髪を梳き上げられる。その腕が動くたびに、綾人の目の前でタカトの香りがふわりと舞った。それを吸い込むたびに動悸がして、その中に飛び込みたくなってしまう。 「なに? なんかついてる?」  観光地で人がたくさんいるため、出来るだけ何でもないふりをしようと綾人は必死だった。それでも、タカトがあまりに近づいたままじっとしているので、ランチの時のことを思い出し、またキスをされるのかと思って身構えてしまう。  ただ、タカトは近づいて前髪を上げただけで、それ以上は何もしなかった。綾人は自分が勘違いをしたことに気がつき、恥ずかしさのあまりその場で頭を抱えて悶絶した。バレないようにと視線を落としてやり過ごそうとしたが、それがタカトにバレないわけが無い。 「あ、キスしようとしたわけじゃないから。期待したの? ごめんごめん」  揶揄うように返されてムッとした綾人は、「もう! うっさい!」とタカトの手を振り払った。綾人のその様子に、タカトはケラケラと笑っていた。  ふと、そのやりとりを遠くから見ていた陽太が、口を開けて固まっているのが見えた。そして、なにやら慌ててバッグから鏡を取り出すと、綾人の方へバタバタと走り寄って来る。近くへ来ると、慌てながらも徐に「はい」とそれを渡してきた。 「ん? なに? なんか変なところあんの、俺」  鏡を受け取りながら陽太へ訊くと、目を丸くした陽太が、自分の眉間を必死に指差しながら叫んだ。 「桂くん、眉間に違和感ないの? なんかデッカイあざ出来てるけど!」  驚きすぎているのか、陽太の指は、ぐるぐると自分の眉間を擦り続けている。綾人は陽太のその指の動きを真似して、自分の眉間を指でくるくると回しながら、そこを確認してみた。 「えっ、ここ? さっき頭痛かったけど、でもぶつけたわけじゃ無いし、痛くは無……」  そして、陽太から借りた鏡を覗いてみると、確かに眉間に目玉程度のあざが出来ていた。縦長の楕円形で、長さは3センチほどもあった。 「え、何この目玉みたいなあざ! こわ……」  違和感など何も無かったが、かなり目立つあざがそこにはあった。これはちょっと恥ずかしい。額をスリスリと触って確かめたてみるが、やっぱり痛みは無いようだった。  でも、ここでこれが現れたということは、目の前の像と関係があるのだろう。金剛夜叉明王にも、眉間に目がある。 「これ消えないのかな……結構恥ずかしいんだけど」  ブツブツ呟きながら、再び鏡を見た。すると、奥の方にキラッと光るものが見えた。何かが反射したような光だった。なんだろうと気になり、そちらが見えるように鏡を動かしてみる。  しかし、いくら角度を変えてみても、特におかしなものは映らない。気のせいだったのだろうと思い、お礼を言って陽太に鏡を返した。 「そういうのって、よく第三の目とか言うよね」 「あー、第六チャクラとか心の眼ってやつね……。 いくら凄いことが出来たとしても、このままじゃ恥ずかしいな」  そう言ってまたそこをさすりながら、金剛夜叉明王の額にある目を見ていた。 ——俺は、きっとあなたと関わりがあるんですよね?  そう問いかけたところで、もちろん答えは返って来ない。ただ、答えの代わりに像の周りに、ゆらりと何かが蠢くのが見えただけだった。 「そろそろ出よっかー。この後は清水寺に行くんだよね?」  のんびりと仏像を見物していた桃花たちが、綾人たちの方へとやって来た。神様や自分についての気づきを得ていた綾人とは対照的に、ほのぼのとした雰囲気で、純粋に旅を楽しめているようだ。 ——もし本当に過去の自分が悪鬼だったとしたら、この光景をどう思うんだろうな。  それを思うと、今世の人生を与えてくれた貴人様に感謝の気持ちが湧いてきた。例え今の人生の終わりが決められていたとしても、元々歩んでいた人生についての記憶が戻るにつれ、その選択の正しさを理解して行った。  悪鬼のまま殺されていたら、今の幸せは知らなかった。貴人様が転生させてくれたからこそ、この時間がある。これを知っているかいないかで、自分の魂が「生きている間」の価値が決まるような気がしていた。  何度転生しても夢見ていた、仲間と過ごす楽しい時間。空腹に苦しまない生活。愛する人との生活。それが、今はちゃんとある。 「清水寺に行ってからはどうするんだったっけ?」 「えっとね、清水寺へ行ってからは……」  綾人は、この旅行中に起きる全てのことを、しっかり目に焼き付けておこうと改めて思っていた。そう心に留めながらだと、予定の確認をすることさえ、すごく楽しく貴重なものとなっていた。 ——ちょっとしたことも、全部覚えておくんだ。忘れるのかもしれないけれど、それでも。 ◇◆◇  東寺を出た後は、ゆっくり散策しながら清水寺へ行き、宝ヶ池方面でホテルに泊まる予定になっている。その後も、早めに夕食をとり、貴船神社へライトアップを見に行こうという計画になっていた。 「桜の季節とか紅葉の季節とかは割と来るんだけど、夏のライトアップってあんまり行った事がないから、行ってみたいの!」  女性陣からの要望で、初日の夜は割とバタバタすることになっていた。しかも、明日は朝イチで法金剛院に観蓮会にも行きたいと言っている。早寝早起は必須になりそうだ。  瀬川は陽太と二人部屋に泊まる予定なので、正直早寝は避けたかったらしく、かなり不服そうにしている。  数百年の間探し続けた夫が見つかり、その男に記憶が無いにしろ、現世でも相思相愛で旅行中とあれば、そう思っても致し方ないだろうとは男性陣は理解していた。それでも、凛華の押しに勝てる者がいなかったので、一日目の夜は早く寝ると言う約束をしたのだった。 「突っ込める場所があるのに突っ込めない。辛い」  瀬川は、綾人の目の前でそう言いながらしくしく泣いている。綾人としては、そんなことを平気で言えるような奴は、正直一生泣いていればいいという気持ちではあった。ただ、隣で同じ顔をしているタカトを見ていると、何とも言えずにただ困ってしまう。 「お前なあ……気持ちはわかるけど、頼むから外で突っ込むの突っ込まないのって口に出して言うな……」  言いながら真っ赤になる綾人を見て、瀬川は嬉しそうな顔をした。いいおもちゃを見つけたとばかりに、ニヤニヤと下品な笑いを浮かべて揶揄って来る。 「なんだよ、お前。そのくらいで赤くなるなよなー!」 「うるっせえ! お前みたいな軽いやつと一緒にすんな! 俺は純粋なんだよ!」 「俺だって純粋です。一途だもんね」 「はあ!? あ、まあそうなのか……でも、なんか納得いかねえ」  二人ででギャーギャーと騒いでいると、そのパートナー達が妬き始め、四人でややこしい言い合いが始まった。 「ちょっと、瀬川! 綾人に触りすぎ! 手ー離せよ!」 「えー、こんなのいつものことじゃんかー。なあ、綾人ー」 「え、岳斗(やまと)いつもそんなに触るの? なんか嫌なんだけど……」 「え? なになになに、それは『綾人じゃなくて俺をもっと触って欲しい』ってこと? 誘うじゃん、陽太ー」 「瀬川、お前声でかいんだってば!」  誰かが誰かに手を伸ばしては、それを他の人が払い落とすというように、もみくちゃになりながら言い争いをした。それは歩道に出てからも続いていて、周囲の通行人に迷惑をかけているにもかかわらず、四人は全く気が付いていない。  いつか誰かにぶつかってしまうだろうと、水町が心配して声をかけようとしていたが、案の定、陽太がドンっと思いっきり人にぶつかってしまった。 「あ、ごめんなさ……」  謝りかけた陽太の襟をガッと掴んで、ぶつかった相手の真っ赤なカーリーヘアが逆立っていった。 「いい加減にしろ! この色ぼけボーイズ! 食堂(じきどう)に行って写経でもして来い!」  仁王立ちで一喝した凛華は、まるでさっき見た迦楼羅炎を背負った不動明王のようだ。大学生にもなって周りが見えずにはしゃぎ回る男たちを、怒りの炎を撒き散らかしてしっかりと叱り飛ばしてくれていた。

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