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第20話 二人で歩く
「おーい、色ボケボーイズー。そろそろホテルに戻ろうかー」
散り散りになっていたみんなを集めようと、水町が集合をかけてきた。
二組のカップルは、来年はもう一緒にいられないことを嘆きつつも、存分に今を堪能しようとしていた。大切に思う人の手をしっかり握り、思い出を残すために、景色の写真を何枚も残していく。
ただ、二組ともどれほど欲しいと思っても、恋人の写真だけは撮ろうとしなかった。いずれ消えゆく存在である者は、写真からも後に消えてなくなってしまうということを、既に聞かされていたからだ。
とにかく、今を大切にする。そのために、五感をフルに働かせて、ひたすらに感動を分かち合っていた。
幻想的な光と、それを色付ける短冊、さわさわと心地よい笹の葉の音を感じながら、隣にいる存在の愛しさを噛み締めていた。息を吸い込めば笹の匂いや土の香りも感じられ、キレイな水に触れてその温度を味わう。いつもの生活では感じられないような、心が潤う時間を過ごせることに、ただ心の底から感謝していた。
そこにあの全てが吹き飛ぶほどの、下品な呼びかけが響きった。ムードも何もあったもんじゃないなと、四人は苦笑した。
「水町、お前さあ。もうちょっとなんか、呼び方ってもんがあるだろ?」
綾人はやや水町を睨みながら、吐き捨てるように呟いた。確かに色ボケしていた時間もあったので、あまり強く言うことは出来ない。ただ、水町はこの「色ボケボーイズ」という言葉をすごく面白いと思っているようだから、早めに釘を刺しておかないといけない。
きっとこのまま放っておくと、しばらくこのワードを言い続けるだろう。水町はさくら様が憑いてから、なぜかそういう傾向が強い。これははっきりお断りしておかないと、後期が始まってからも大変な思いをすることになりそうだと焦っていた。
「お前さあ、その言葉が気に入ったのはわかるけど、いい加減にその色ボケボーイズって呼び方呼やめろよ。この幻想的な美しさの中でその呼び方は、周囲の視線が痛いわ」
言われた水町は、目を丸くして、意外だと言わんばかりな反応をしていた。
「えーなんでよ。なんか面白くていいじゃない。音もリズムもいいし。端的によく表してて、さすが凛華って感じの表現だよね。しばらく使わせてもらおうと思ってるんだけど」
やっぱりそうかと、綾人は額に手を当てた。ふうと息を吐くと首の後ろをガシガシと掻きながら、なんと言って止めさせようかなと悩む。当の水町は、希望の連なった笹の並ぶ境内を眺めながら、興味津々と言った面持ちで、スタスタと先を歩き始めていた。
綾人の方を振り向きもせず、灯籠の先に望む闇と夜空の交わる様子を堪能しているようだった。ちらっと見えた横顔は、キラキラと目を輝かせていた。
「呑気だねえ。学校で色ボケボーイズって呼ばれるかもしれないって、怯えてる方の身にもなれよな……」
貴船神社は水の神の集うところ。さくら様は縁結びの神なのだが、水神でもあるのだそうだ。名前の通りでびっくりしたことがあった。そのため、さくら様が憑いている水町にとっても、ここはとても居心地がいい場所なのだろう。綾人がこれまで見た中で、最も機嫌がいいように見えた。
「色ボケボーイズがホテル集合って、なんか如何わしく聞こえるだろ? 煩悩に塗れた集団みたいじゃん。そう言う目で見られたくないんですけど」
綾人が後ろから拗ねるように言うと、水町はブッと吹き出した。清楚な顔をしているけれど、水町は意外と下品なネタの方が食いつきがいい。振り向かせるなら、興味のある話題に振っていくに限る。案の定興味が湧いたらしく、ようやくこちらを向いた。
「あ、本当だ。思い至りませんで、申し訳ございません。でも煩悩あるでしょ? 否定できないでしょ? 年齢的にも塗れててもおかしくないわけだしさ」
「お前って本当、そういう話題にしか食らいつかないよな。もうちょっと知的な会話しようぜ、知的なやつ。まあ、お前と知的な会話なんかした覚えないんだけど」
綾人が呆れながら隣に並んで歩いていると、水町はえへっと戯けたように笑って見せた。
昔、よく二人で学校の中庭のベンチでジュースを飲みながらダラダラしていた。その時は、大体綾人のグチを水町が聞いてくれていた。落ち込むたびに、今のようにふざけて笑わせてくれていた。悩んでいると、一緒になって真剣に考えてくれていた。
綾人には同性の友達もいたのだが、腹を割って話せる相手は、何故か水町だけだった。いつも隣で話を聞いていてくれていたので、こうやって並んで歩くと、とても安心できる。
「でもさあ、あれだけずっと彼女が欲しいって言ってたのに、まさか彼氏が出来るとは思いもしなかったよね。しかも寂しかった反動みたいで、めっちゃくちゃラブラブだもんね。一日何回二人がキスしてる姿を見かけたかわかんないわよ。なんかもう慣れてきちゃったし。あ、でも今日のランチの時のはちょっと見てて照れたけどねー」
水町は大きな声で笑いながら、綾人の背中をバシッと叩いた。「いってえ」と綾人は顔を顰めたが、キスを揶揄われることには慣れてきたらしく、何も言い返さない。
「そりゃあ、俺もタカトもお互いにそういう関係になるなんて、昔はこれっぽっちも思って無かったしな。俺だって自分が同性イケると思って無かったし。いつも男女カップル見て羨ましがってたから。それに、こんなにラブラブなのって、多分リミットがあるからだろうしな。無かったらここまで出来ないよ、俺。間違いなく恥ずかしがって逃げてると思う。人前だと手を繋ぐのも無理だったと思うわ」
「確かに」と水町は笑った。
最近は綾人が誰かと二人になる時は、いつもタカトが隣にいた。水町がいる時も大体タカトが一緒にいて、三人で並ぶことが多かった。中学高校と六年間は、水町と二人で並んでいる事しかなかったのに、そういうところは、この数ヶ月で大きく変化したところだろう。
「なんか二人で並んで歩くのって、すげえ久しぶりじゃねえ?」
綾人が尋ねると、水町は「うん」と言ったまま口を閉ざした。
日が完全に暮れてしばらく経ったからか、空気は随分と冷え込んでいた。そういえば昔、水町と一緒に地元の祭りに行った時にも、日が暮れてから急に冷え込んだことがあった。
日中は茹だるように暑く、二人ともかなり薄着で出掛けていた。家から歩いて五分くらいの場所だったので、完全に油断していた。それが日が暮れると急に冷え込み、風が強くなっていった。
「あ、これ被るとあったかいかも!」と、その時なぜか水町が持っていた風呂敷を、二人で肩からかけて暖を取った。「雨降んのかなあ」とつぶやいた矢先に夕立になり、軒下で雨宿りをした。
その時、目の前に止まった車の窓ガラスに、風呂敷にくるまった二人の姿が映っていた。それがなんだかものすごく情け無い姿に見えて、二人で大笑いした。
「なあ、昔さあ……」
思い出に浸りながらそれを共有しようとしてふと振り向くと、そこには誰もいなかった。驚いて階段を見上げると、中段あたりで水町は立ち止まっていた。綾人は心配になり、「水町? どうした?」と声をかけた。
「私もなんだよ」
水町は絞り出すような声で答えた。その顔は、今にも感情が爆発してしまうのを、必死に押し留めているものだった。綾人は、水町との付き合いの中で、これほど動揺している姿を見た覚えがなかった。
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