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第24話 お前の知らないところ

——中身は得体が知れないけれど、体は陽太のものだから……。傷つけないようにしないと。  ウルはヤンをうつ伏せに組み敷くと、後ろから抱き抱えて体を横向きに開いた。内側から足を引っ掛けるように絡めて、陽太の秘部を暴いていこうとした。 「っ……!」  ヤンは一瞬、体をビクリと強張らせた。ウルはそれに、僅かに引っ掛かりを覚えた。陰間として働いていた間に、慣れきってしまっているヤンが、これくらいのことで動揺するはずが無い。今の反応は、どう見ても慣れていない人間のものだった。 ——陽太、もしかして意識があるのか?  全く意識がないのであれば、ただの性行為として淡々とことを済まそうと思っていたウルは、陽太の意識があるのであればと考えを変えた。  ヤンの頬にそっと手を添えて、その瞳をじっと見つめる。その目の奥の奥へと意識を向け、陽太の心へ届けとばかりに思いを送った。 「陽太、こんな初めてで悪いけれど、俺はお前を抱くつもりでするからな。お前のことしか考えないから。ちゃんと受け止めてくれよ」  ウルがそう言葉をかけると、ヤンの色欲のみで構成されたような瞳の奥に、少しだけ恥じらいの色が見えた。ウルはそれを見て、まるで初心な少年のような無邪気な笑顔を見せた。 「……何笑ってんの? 早くしてよ、旦那様」  ヤンは、今ウルが向けた視線が、自分へ向けられたものではないことに気がつき、面白くないと言わんばかりにウルの唇を吸った。後ろでに回した腕を首にかけながら、絡みつくように舌を這わせてくる。 「んっ、はあ……」  息を切らしてウルを貪るように口付けてくるその姿は、さながら色魔のようだった。それも、飢えに飢えて、ウルを丸ごと飲み干してしまいそうなほどの求め方をしてくる。  ウルは、死後もずっとヤンの人生を見守っていた。そばにいることが叶わなくても、人間界に存在し続けることで、どうにか大きな過ちを犯さずに済むようにと見守っていた。  それなのに、ヤンは幸野谷百合子に騙されて、陰間へと堕ちていった。彼女が第二の人生で裕福に暮らしていくために、ヤンは金蔓として利用されていたのだった。数多くの客を取り、陰間と経て、時代とともにそれは高級な男娼へと変わっていった。  百合子の助言に従い多くのものを手に入れ、ウルとそうしてきたようにたくさんの子供を育てていったにも関わらず、ヤンの心の穴は埋まらなかった。その後、ヤンの扱いが面倒になった百合子に再び唆されて、ヤンは自死した。  自死をすると、天界には行く事が出来ない。もう一度生まれ変わって、魂の課題をクリアしていかなければならないからだ。ヤンが自死したことで、二人はもう数百年の間、顔を合わせることが出来ていない。  そういう意味では、ヤンが飢えているのは理解できる。でも、どれだけ客を取っても、こんな乱れた抱かれ方はしていなかったはずだった。 ——相手が俺だから? もしそうだとしても、どうしてもこいつがヤンだとは思い難い……。  気持ちが通じ合っていれば、情欲は高まるし、受け取る喜びも多くなる。ただ、この体は、まだ一度も、誰も受け入れたことのない陽太のものだ。無理をさせると、この後の人生に影響が出てしまう。それだけは避けたかった。  それに、この突然現れたヤンだと思われる人格のことも引っかかっていた。間違いなくヤン自身だと言い切れない何かがある。大方の予想はついている。ただ、それを確認している余裕は無かった。 ——仕方がない。少しずつ浄化しながら暴いていこう。  そう考えたウルは、可能な限りゆっくりと陽太の体を開いていくことにした。  後ろから回した手で、小さな胸にそっと触れた。僅かに爪を立て、その肌に触れていく。くすぐったいと思う動作を繰り返しながら、それを少しずつ突起に近づけていく。 「んっ、あ、あン……」  怖がっている体に、少しでもこの行為のいいイメージを残せるように、ほんの少しだけ触れることで、意識を集中させていく。余計な感情を捨てて、この手の動きだけに集中するように仕向けていく。 「陽太……気持ちいい?」  もう一方の手で脇腹を摩るように手を滑らせ、期待が溢れて独りでに高まっている場所へと近づく。ゆっくり、ゆっくり、ジリジリと迫っていった。 「ウ……ウル、焦らす……な」  ヤンは触られたくて仕方がないと言わんばかりに、その手を追いかけて腰を揺らしていた。陽太の意識では到底出来無さそうな卑猥な動きを、躊躇いもなく繰り返している。 「なんで? ゆっくり気持ちを高めていかないと、陽太は初めてだろう?」  そう言いながら、薄紅に色づいた尖を指で潰した。 「あぅっ……ン!」  陽太の口から、熱く濃くなった息が短くたくさん漏れてきた。それを手に感じながら、ウルは口から浄化を行うことにした。 「ふう、う……ン」  口付けて、反り返る胸を撫でながら、手を熱へと届けていく。そっと握り込むと、しっとりと濡れていて、その中に凶暴な欲が潜んでいた。どれほど渇望していたのか、呆れてしまうほどにそれは硬かった。 「こんな……、ここまでの欲を抱えるようになるなんて……」  ウルは静かに怒っていた。陽太の体をいいように扱い、ヤンのフリをして忍び込んでいる、この色欲に塗れたモノの正体に、バラバラに引き裂いてやりたいと思うほどに、怒っていた。  あいつの事情を貴人様から聞かされた時には、それなりに同情もした。ただ、ヤンを巻き込んだことを考えると、ウルにはどうしても許せないい存在だった。 ——お前がそこにいるんなら、引き摺り出してやるよ、百合子。 「んむっ! んー! んんんー!」  ウルは目をぎらつかせ、陽太の片足にかけていた自分の足を思い切り開いた。そうして、陽太を完全に仰向けにさせると、翼でその体を捕らえた。 「あっ! あっ、あっ、……ああっ!」  自由になった両手を使い、熱り勃った塊を握りしめ、後孔をくすぐり始めた。激しく攻めた方が、百合子は簡単に出せるだろう。でも、それでは陽太が怪我をしてしまう。  だから、ウルは陽太を深い絶頂へと導くことにした。そうすれば、体から百合子を完全に追い出すことが出来るからだ。  ウルの精を放てば、汚れた魂はその体内にいられなくなる。そうすることで、体の持ち主の魂を守ることが出来るようになっている。百合子は実態が無いはずだ。とにかく追い出して仕舞えば、陽太は守られる。後のことは、貴人様と相談すればいい。 ——陽太、頑張れよ。 「あっ! あー!」  人の手で達した事の無い場合は、驚くほど早くそれを迎えることができる。陽太はウルの予想通り、すぐに果ててしまった。ガックリと折れた体を抱き抱えると、今度は向かい合うようにそっと寝かせる。  真っ赤な顔で宙を見つめているその目の奥には、ウルへの愛が浮かんでいた。陽太の意識のもっと奥には、おそらく本物のヤンが眠っている。ウルはこの状況を利用して、その魂も呼び起こそうと決めた。 「百合子、覚悟しろよ」  ウルは、陽太の足を両手に抱えた。そして、今陽太が放った飛沫を指で掬い取り、それを目の前で見せつけた。 「愛し合うもん同士の、入ってはいけないところで繋がる経験、お前には無いだろう?」  そして、後孔へズプリと指を挿れながら、天狗の力を全開放した。 「お前なんて一秒もこの体にいられなくなるほど、俺の精を注ぎ込んでやるからな!」 「お前……私に気がついて……あん、ンああああっ!」  ウルは、突き入れた指先から、陽太の体へと自分の力を注ぎ込み始めた。その体の神経を指先で支配し、前戯などというものは全てすっ飛ばしていく。  陽太の顔に、うっすらと赤みが差し始め、内腿が震え始めた頃、その顔色と相反するように表情は苦悶に満ち始めていた。 「くっ……そ、この……くそ天狗っ! やめ……」  悪態をつく百合子の言葉はそのまま途切れ、そこからは陽太がひたすら大声で喘ぎ始めた。ウルはそれを確認すると、陽太の熱を口に迎え入れる。それからは、前も後ろも快楽以外を感じられ無いように、執拗に攻め続けた。 「アーッ! あっ、あっ、あっ! や、め、ろ……う、う、ん……んあああああ!」  陽太の体には、絶叫と共に何度も吐き出し、噴き上げた白い飛沫が点々と残っていく。その広がりが、高まりの激しさを物語っていた。 「あっ、あっ、やま…とっ!」  とろりと蕩けた顔の中に、時折陽太の意識が戻ってくるようになった。百合子がこの体を支配しきれなくなってきたようだ。 「ぎゃー! 熱い、痛い! やめろ!」  百合子の意思は、もう陽太の体を通すことが出来なくなっていた。陽太の体の神経は、完全にウルが支配してしまった。陽太自身も、ウルから逃げることも抵抗することも出来ない。ただ与えられる快楽に、溺れることしか許されない状態になっていた。 「陽太、初めてでいきなり最上段階の浄化になるけど、ごめんな」  喘ぎすぎて涙と涎でぐちゃぐちゃになった陽太は、それでもウルの言葉にコクリと頷いた。そして、自らウルの方へと手を伸ばした。 「来て……岳斗」  ウルは目を疑った。今の陽太は、急激で早急な快楽に襲われて、かなり追い詰められているはずだ。それでも、ウルを迎え入れようとしてくれている。陽太が自分から求めていかないと、ウルが気に病んで出来ないかもしれないと見越してくれているのだろう。  そんな陽太の姿を見て、ウルの中で愛情が炎を吐くように舞い上がった。その姿は、ウルがずっと追い求めていた、共に暮らしていた頃のヤンの姿そのものだったからだ。 『ウル、愛してるよ』 「俺とヤンは一つだから、俺の中にヤンはいる。だから、どっちがどっちとか悩まないで。そのまま俺にぶつけていいんだよ」 「陽太……」  ウルは陽太の愛の大きさに、一瞬呆けそうになった。しかし、そこに漬け込んだ百合子の顔がジリジリと迫っているのが見え、陽太の中へと飛び込んでいった。 「あっ、あっ、……あ! や、まと……。まだ、入るんだろ? もっと……いいよ、いいから!」  陽太はウルの考えを理解しているようで、へその下あたりに手を添えて何度も頷いた。ウルはそれをしようと決めていたにもかかわらず、躊躇していた。それなのに、陽太の方がウルに発破をかけようとしている。 「ほら、早く! 来いよっ! ……ウルっ!」 「っ!」  陽太にウルと呼ばれた瞬間、身体中が燃えるように熱くなった。ウルは、魂の名前だ。人間界で使っている人としての通り名とは違う。自分自身を表す名前を呼ばれ、魂が震えるほどに喜んでいた。 「っ、陽太っ!」  高まった気持ちの分だけ逸る心を必死に抑えた。そして最大に急ぎつつも、ゆっくりと陽太の奥の奥へと進んでいく。行き止まりまでたどり着くと、そこを通せとばかりに繰り返し突きながら、じわじわと支配を強めた。 「あっ、あっ、ひ……ひらっく……」  そして、陽太がウルの首を引き寄せて口付けた瞬間に、その体に異変が起きた。 「あ、はあ、あ……あんんんんっ!」  瞳と瞳を繋ぐ位置に、真っ赤なラインを描くように、官能の印が現れた。ウルはそれを認めると、思い切り陽太の中へと進んだ。小さな抵抗を抉じ開けながら、ずるりと出入りする。  陽太はその度にウルの手を力強く握り締め、仰け反ったまま声もなく喘いでいた。口の端には透明な糸が数本垂れ、それを気にする素振りも見せない。何度も訪れる快楽の波に、ただ揺蕩っていた。 「百合子……お前には、これは経験がないはずだ。仕方ないよな、ここまで思い合える相手がいなかったんだから……」  ウルが吐き捨てるようにそういうと、陽太の体が一瞬強張った。しかし、百合子の支配は弱まり続けていたため、すぐに陽太の顔に戻っていた。その体が、どんどん朱に染まっていく。 「今から陽太がいく場所は、お前が知らない場所だ」  ウルは熱をさらに陽太へと突き進め、陽太は悲鳴をあげ始めた。お互いの指が折れそうなほどに握り締め、体を硬直させていく。 「ああ、だめっ、もうだめっ! ウルっ!」 「陽太っ!……ぐっ、うぅ!」  ウルはそんな陽太の姿を見ていると堪えきれなくなり、そのまますぐに果てた。ウルが唯一行える浄化方法、それは吐精だ。その量が多ければ多いほど、強い悪霊に取り憑かれたとしても、払うことが可能になる。  ウルは百合子という凶悪な敵を追い出すために、長く吐精することを決めていた。必死に陽太の中に留まり、陽太の精神へ気を送り込んだ。 「ひぃっ! い、あ、あ」  陽太の中で、悪霊と陽の気の戦いが巻き起こった。  天狗道にとどまるウルにとって、何百という命を弄んで捨ててきたような悪霊は、一人で手に負える相手ではない。そのくらいのことは、ウルも理解している。 ——とにかく、時間を稼ぐんだ。 「くそっ、この程度の天狗にやられるなんて!」  陽太の中の百合子は、首を掻きむしるようにして苦しみ始めた。そして、不快極まり無い汚い声で悲鳴を上げながら、徐々に陽太の体から消えていった。  小さな虫が集まっていたような悍ましいものたちが、求心力を失ったことで雲散していった。その後に残ったのは、激しい交わりのあったことを示す内出血の跡たちだった。  この数の分だけ、百合子の支配とウルの支配がぶつかったことになる。陽太は、何かの感染症にかかったかのように、全身あざだらけになっていた。 「陽太! 大丈夫か?」  陽太は百合子が消えると同時に、ガックリと頽れた。ただ、力なく倒れ込んだその顔には、うっすらと幸せそうな笑みが浮かんでいた。ウルはその頬に手を添えて、ゆっくりと優しく口付けた。 「頑張ったな。ありがとう」  陽太は眠ったままその言葉を聞くと、「ウル」と名前を呼んでから、深い眠りについた。

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