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第4話 抱いて抱く
「お待たせしました。」
「ああ。」
では行こうかと校門をくぐる俺は、内心心臓が飛び出しそうなほど緊張していた。俺たちは今からラブホテルに向かう。てっきり昨日あのままホテルへ直行になるのかと思っていたのだが、草薙はまた連絡しますとだけ言い残し帰ってしまったのだ。本当は気が進まないのかと気に病んでいたが、家に着いた頃草薙からメッセージが入った。明日の放課後しませんかと。俺は杞憂だったと胸を撫で下ろしたが、次の瞬間ある疑問が浮かんだ。男同士って、どうやるんだ?
「なんだか顔色悪いですね。」
「ああ、まあな……」
それから夜な夜な検索履歴にはとても残せないようなワードを調べまくり、妄想しては悶絶するを繰り返して気がついたら朝になっていた。寝不足で辛いはずなのに、緊張のせいか目はギンギンに冴えている。いつも通り騒がしいはずの周りの音が全く耳に入らなくて、それが余計に会話がないことを意識させる。顔を見たら余計に意識してしまうため、前を向いたまま話しかけた。
「高校には慣れたか?」
「まあ、それなりに。」
「そうか……友達はできたか?」
「いえ。」
「……まあ、まだ一週間だもんな。」
先ほどより気まずくなってしまった。考えてみれば俺は草薙蓮華を何も知らない。出会った三年前ですら知っていることと言えば、草薙雅によく懐いているということくらいだった。昨日まで名前も知らなかった相手と俺は今から……一夜漬けで仕入れた知識に脳内が占拠されたところで、目の前の信号が点滅し始めた。
「まずい、走るぞ草薙。」
慌てて駆け出し、横断歩道を渡り終え隣を見ると、遅れて来た草薙が荒い息をあげていた。
「え、だ、大丈夫か?」
体調でも悪いのかと慌てふためいていると、草薙が上目遣いでじっと俺を睨みつけた。
「先輩が、急に、走るから……」
体温も上がっているのか心なしか顔も赤い。怒っているような口ぶりだがそんな姿ではちっとも迫力がなくて、俺は思わず声をあげて笑ってしまった。目の前の草薙が今度こそ怒りを顔に表す。俺は先ほどとは比べ物にならないほど軽い足取りで歩き出した。
「体力ないなぁ。」
「そんなことありません。」
「体育苦手だろう?」
「僕は文化系なんです。」
「へえ、芸術科目は何にしたんだ?」
「美術です。」
「美術は課題多いぞ〜、先生も卑屈っぽくて人気がない。」
「ええ……」
他愛ない話題にあからさまに嫌そうな声を漏らす草薙は、ちゃんと年相応の男子高校生で、昨日の彼とは別人に見えた。
「まあ、頑張れよ。」
「なんで他人事なんですか。」
「俺は書道だからな。さっきのは美術選択の友達に聞いたんだ。」
「もっと早く知りたかったです……」
そう言って肩を落とす草薙を、俺は少しだけ知ることができた気がした。
「そうだ、呼び方。ひろでいいぞ。」
「なぜですか?」
「いいだろう?ほら、ひろ先輩って呼んでみ。」
「遠慮します。」
「なんでだよ。」
もっと近づきたくて出した提案は、あっさり切り捨てられてしまった。駅を過ぎて大通を歩く。目的地はこの先の裏路地にあるようで、草薙が数歩前を歩いている。せっかく解けた緊張が目的地に近づくにつれ蘇ってくる。そうだ、俺たちはこれからラブホテルに行くんだ。裏路地を進むと、草薙が質素な雑居ビルの前で足を止めた。てっきりもっとチカチカと目立つ建物だと思っていたので少しだけ安心した。
「クサナギッ!」
「え、冬木くん?」
そんな安心も束の間、突然現れた人影が草薙の手を取って走り出してしまった。急な展開に俺は何も出来ずその場に立ち尽くした。慌てて走り去る後ろ姿をよく見ると、草薙の手を取ってるのは俺たちと同じ制服を着ている男子生徒だった。随分と小さくなってしまった背中を、俺は半ば諦めるように眺めた。草薙のクラスメイトだろうか?それにしても先ほどの登場、まるで物語のヒーローのようだった。きっと俺に無理やり連れてこられたとでも思ったんだろう。彼がヒーローなら、俺は悪役か。いっそこのまま、草薙との関係は始まらない方がいいのではないか。草薙が俺の前に現れることはもうないのではないか。俺は漠然とそんなことを考えていた。けれど良いのか悪いのか、思いのほか早く草薙から連絡が来た。制服でラブホは流石に目立つので日を改めようというものだった。確かにそうだ、制服でこんな所にいたら補導されてもおかしくない。そんなことも気がつかないほど、俺の頭は草薙蓮華でいっぱいだったようだ。
翌日俺は、電車に乗って草薙の住むアパートの最寄り駅に来ていた。昨日のこともあって、ラブホテルはやめておこうということになり、草薙が僕のアパートに来てくださいと提案してきたのだ。話を聞くとどうやら、両親は草薙が中学に上がった時からずっと海外に住んでいるらしく、高校入学を機に一人暮らしを始めたらしい。案内してもらうため、こうして駅で待ち合わせをしている。
「秋田先輩、お待たせしました。」
パタパタと駆けて来た草薙は、相変わらず少し息を切らしていた。細身のパンツにややサイズの大きいスウェット姿で、なぜか髪が少し濡れている。
「こんな時間に風呂に入ったのか?」
昼ももう過ぎているため朝風呂派だとしても遅すぎるだろう。俺の疑問に草薙は顔色を変えず答えた。
「色々準備がありますので。」
「あ、そ、そうか……」
受け入れる側には念入りな準備が必要だとネットに書いてあったことを思い出し、俺は少々申し訳ない気持ちになった。
「そうだ、コンビニ寄ってもいいですか?」
「構わないが。」
「ありがとうございます。ストックはあるんですけど、先輩のサイズがわからなかったので。」
主語がなくてもタイミング的に何のことを指しているのかわかった。俺は左手に持っているコンビニ袋を少しだけ上にあげて見せた。
「それなら、買って来たから、大丈夫だ……」
こんなことで顔が熱くなるなんて情けなくて仕方がない。
「じゃあ寄らなくて大丈夫ですね。」
そんな俺に興味がないのか、草薙は目の動きだけでそれを確認して先に進んだ。十分ほど歩くと真新しい綺麗なマンションが見えた。草薙は慣れた手つきでオートロックを解除し中に入っていく。一人暮らしだと聞いていたので、てっきりこじんまりとしたアパートかと思っていたのだが。
「壁は厚いはずなので安心してください。」
「なんというか、良い所住んでるな。バイトはしてるのか?」
「いえ、特に何も。」
「……生活は大丈夫なのか?」
「親からの仕送りで十分生活できますよ。元々趣味もないですし。」
「そうか……」
そんなことを話しながらエレベーターに乗り込む。グワンいう低い音を鳴らしながら登っていく途中、俺たちは終始無言だった。エレベーターを降りてすぐのドアの前で、草薙が止まり鍵を開ける。俺は草薙に気づかれないように小さく深呼吸をした。玄関に入ると無機質な廊下とその奥の扉が目に入った。草薙はその扉には入らず、左手の部屋に入っていった。追いかけるようにして入ったその部屋は、随分と殺風景な印象を受けた。右手には学習机、その隣には備え付けのクロゼット、そしてシングルベッドだけという必要最低限の部屋だ。草薙は目の前のベッドへ真っ直ぐ向かい腰を下ろした。何となくその場を動けずにいると、ベッドに座っている草薙と目が合う。
「どうぞ。」
「あ、ああ。」
先ほど買ってきたコーラとコンドームをベッドの脇に置いて、一人分の距離を空けて草薙の隣に座った。部屋に沈黙が流れる。ジロジロ見るのは失礼と分かっていながら、緊張と興味でキョロキョロと辺りを見回してしまう。ベッドサイドに透明な液体の入った容器を見つけて、俺は思わず目を逸らした。
「秋田先輩、ちょっと立ってください。」
「え?ああ。」
草薙はそう言って沈黙を破ると、俺の前に移動しその場にしゃがんだ。言われた通り立ち上がると、草薙がすかさず俺のベルトを緩め始めた。
「な!何してる!」
「その気になってもらうにはこうするのが早いと思って。」
焦る俺など気にも止めず、慣れた手つきでズボンを下ろされる。いきなり触れた空気はヒヤリと冷たいのに、身体の中は反対に熱くなっていく。理性とは裏腹に素直に布を押し上げている俺のそれを見て、草薙は俺の顔を見上げた。
「もしかして、結構興奮してます?」
当たり前だろう、とは言えなかった。俺の草薙に対するこの気持ちを、知られるわけにはいかない。質問しておいて聞く気がないとでも言うように、草薙は俺の下着に手をかけた。いとも簡単に脱がされ下半身が露わになる。穴があったら入りたいような気分だったが、次の瞬間草薙が俺のそれをペロリと舐め始めた。身体中をグンと突くような刺激が走って思わず息を呑む。草薙は小さな舌を滑らせ、根本から先まで丁寧に舐めていく。柔らかくて温かい舌の感触がたまらなくて、力が抜けて情けなくベッドに尻餅をついた。瞬時にできた距離を草薙はすがるように縮めてくる。小さな口がついに俺のそれを咥えてしまった。内腿に置かれた手がくすぐったい。もう身体中熱くて仕方がないのに、草薙の口内の熱が一際強く感じる。草薙は口をゆっくり上下に動かしながら、舌を使って裏筋を舐め始めた。頭の中がグラグラと揺らいで何も考えられなくなっていく。そんな時、草薙が上目遣いで俺を見上げてきた。あの飴玉みたいな目が確かな熱を持って俺を捉える。時折荒い息を吐きながら俺の様子を伺うその姿は、俺の理性を完全にぶち壊した。草薙の腕を思いっきり掴み引き上げ、その勢いのままベッドへ押し倒す。細い黒髪が白いシーツの上に散らばる。火照った顔が少しだけ驚いているように見える。俺は草薙の着ているスウェットに手をかけた。オーバーサイズだからか簡単に白い肌が露わになる。同じ男とは思えないきめ細かい肌に薄紅色の乳首、ああ、触れたい、触れたい、もう止まらない。ゴクリと、唾を飲む音が耳に入る。それは自分のものではなくて、俺に押し倒されている草薙のものだとすぐに分かった。顔が赤いのはフェラで息を切らしたせいだと思っていたけれど。俺と同じように興奮してくれているのだろうか。もっと快楽に溺れて、その姿を俺に見せてくれ。草薙のきめ細かい白い肌に自分の舌を走らせる。草薙はくすぐったいのか、んんと声を漏らした。それだけじゃ足りなくて、薄紅色の乳首をペロリと舐めた。先ほどより大きくなる声によじる身体。とっくに大きく弧を描いた草薙のそれをグッと掴むと、ビクリと身体を跳ねさせた。飴玉みたいな目が大きく開かれこぼれ落ちそうだ。この目を舐めたら甘いのだろうか。そんなことを考えていると草薙が俺の手首をギュッと握ってきた。
「早く入れてください。」
冷静な口ぶりだが、瞳孔はチカチカと開かれ身体はビクンビクンと打っている。熱の籠った吐息が溢れるたび、どうしようもない衝動に駆られ、手順も何もかも飛び越えて繋がりたくなる。けれど大切な身体を苦しめたくなんてないから、俺はベッドサイドに置いてあった容器を取り自分の手に垂らした。その間に草薙は身体を起こし俺に背を向け四つん這いになった。差し出されたようで喉がゴクリと鳴る。緊張なんて感じる暇もなく、俺は透明の液でドロドロになった指を入れた。
「ひやっ」
冷たかったのか草薙が声を上げる。きゅっと閉まった入口をゆっくり円を描くように広げていくと、時折高い喘ぎ声をあげる。身体を支えていた腕が力無くシーツに沈んでいく。草薙がしっかり準備しておいてくれたおかげか簡単に2本目が入った。
「もう、いいですよ。」
「しかし……」
2本目を入れてすぐ草薙が肩越しに俺の顔をのぞいた。その顔は赤く飴玉みたいな目は涙で潤んでいる。まだ慣らした方がいいだろうと思ったが、草薙の次の言葉に俺は正気を失ってしまった。
「慣れてますから、大丈夫です。」
また、彼に容易く触れたであろう男どもの影がチラつく。そいつらは草薙のこの身体もこの声もこの顔もこの目も全て知っているのだ。そしてただ己の欲情のままに触って汚して貪っていった。そしてそれは無理やりなんかではなくて、草薙蓮華が自分で望んだことなのだ。
「じゃあ、入れるぞ。」
この熱さは興奮のせいか怒りのせいか、そんなことはもうどうでもいい。随分前から俺のそれは草薙を欲してやまないのだから。さっき買ったゴムをつけて、グッと勢いよく草薙のそれに入れた俺はやはり怒っていたのだろう。
「ふッ、あッ……ん」
草薙の甘い声が脳を溶かす。きゅうっと凄まじい締まりで俺も思わず唸り声を上げた。草薙は大きく身体を跳ねさせ、力一杯握られたシーツはまるで波のような皺を作っている。俺自身限界が近いくせに、冷静さを微塵も残さない頭は草薙がどんな顔でイクのかなんて考えている。
「へ、うあ……!んああッ!」
一度抜いてから草薙の身体をくるりと回して向かい合う。理解が追いついていないうちにもう一度入れてやれば、先ほどよりイイ声が部屋に響く。その声が引き金のように俺の腰は上下に激しく動いた。こんな快楽は初めてだ。もう限界だという時、草薙が俺の手首をギュッと掴んだ。
「ひろ、せんぱ……もう、イクッ」
「ッン……!」
もう何も考えられない。身体は快楽だけを求めて、俺たちはほぼ同時に欲を吐き出した。草薙の吐き出した欲が白い肌の上に垂れる。ぼーっとした視線にはまだ甘さが残っていてそれを交えた瞬間、俺の感情は勢いよく溢れた。ああ、愛おしい。好きだ好きだ好きだ。過去の面影を追っているんじゃない、初恋の思い出に引っ張られているわけでもない。今ここにいる草薙蓮華が好きなんだ。好きな人と身体を重ねて涙が出そうになるなんて、俺はなんて女々しいのだろう。しばらくじっと見つめていた草薙が、次第に焦点を合わせ始めた。俺は我に帰りゆっくり自分のそれを抜いた。草薙はゆっくり上体を起こすと、ベッドサイドにあったティッシュで自分の腹にあるのもを拭き取った。冷静さを取り戻すと途端に気恥ずかしくなるもので、俺はそそくさと落ちていた下着を履きコンビニ袋からコーラを取り出した。
「……飲むか?」
「いえ、僕、炭酸飲めないので。」
「そうか……」
振り返ってそう聞くと草薙は先ほどと同じ格好で横たわっていた。散々見た後だと言うのに、俺は思わず目を逸らしてしまった。受け入れる方が負担が大きいとネットにも書いてあったが大丈夫だろうか?身体が心配で気になるのに振り向けず代わりに耳をそば立てた。するとゴソゴソと動く音が聞こえてとりあえず安堵する。
「もっとひどくしてもいいですよ。」
突然そんなことを言われて俺は思わず振り返った。真顔でそう言う草薙は、下着だけを身につけて腹にシーツをかけている。
「足りなかったか……?」
特に後半は自分でも制御できないほどの欲情をぶつけてしまったと思ったのだが……
「いえ、ただ、女の子ほどやわじゃないので……」
「そ、そうだよな……」
「ふふ、次はお願いしますね。」
そう言って柔らかく笑う。今この時にしか見られないであろう表情に、胸が締め付けられそうになる。草薙の口から発せられた次という言葉が俺を高揚させる。けれど、
「せんぱい?」
草薙の細い黒髪に指を通しながら考えてしまうのだ。今ここで好きだと言えたらどんなにいいだろう。このまま抱き合って互いの体温で温め合えたら、どんなに幸せだろう。この言い表せないほどの切なさを抱えたまま、俺はまた好きな人を抱くのだ。
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