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第6話 過去と現実
容姿には恵まれている方だと思っていた。両親も歳の離れた二人の姉も俺を可愛がってくれていたし、クラスの女の子たちもいつもチヤホヤしてくれた。要領も良かったから勉強も運動もそこそこできた。だから中学では、みんなの憧れの的だった生徒会に入った。そこには地味で大人しいくせに、副会長をやっている変わった先輩がいた。俺よりしょぼいくせに副会長をしているこの人が気に入らなくて、俺はひどく生意気な態度を取っていた気がする。それから夏が終わり、久しぶりの学ランに袖を通して気がついた。俺は入学してからずっと、この学ランが似合わない。周りのやつらはどんどん背も伸びて、声も低くなっているのに。まあでも、家族は相変わらず俺を可愛がってくれたし、女の子たちも優しくしてくれた。一部のやつらが俺に何を言おうが、そんなことはどうでもいい。そう思っていたのに。
「君たちは、進藤くんの何を知っているんですか。」
「進藤くんは人の気持ちにきちんと寄り添える優しい子です。」
「容姿だけしか知らない君たちに、進藤くんを語る資格はありません。」
「彼は僕の大切な後輩なので、傷つけるようなことをするのなら僕が許しません。」
今まで俺に笑いかけてくれた人たちは、いつも俺の容姿を褒めてくれた。可愛いから、きれいだから、かっこいいから、だから俺は愛されていた。けど、本当の愛って容姿なんて関係なく大切にしてくれることなんだ。レン先輩みたいに。
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「明日からゴールデンウィークだな!十連休だぞ、十連休!」
「テンション高えよ。」
「とりあえずどっか遠出したいよな。」
帰りのホームルームが終わってすぐ、俺の席は柊や桂木、それに席が近い女子の花田と立花に囲まれていた。いつも通りハイテンションな柊を前の席の千葉が突っ込んでいるが、連休に浮ついているのは柊だけではなさそうだ。いつも千葉と一緒になって突っ込んでいる桂木も積極的に話を進める。横目でチラリと隣の席の草薙を見たが、いつも通りの顔で帰り支度をしていた。そういえば草薙がクラスメイトと話しているところをまともに見たことがない。誘ってみようかとも思ったが、草薙が何を考えているかわからない以上、余計なお世話かもしれないため何もできない。俺は会話に意識を戻し、場がしらけないように軽い調子で切り出した。
「あー悪い、俺引越しの短期バイト入れちゃったわ。」
「え、バイト?ウチの高校そういうのいいんだっけ?」
「確か許可とればできるはず。審査厳しいけど。」
花田の疑問に千葉がすかさず回答する。みんなの視線をできるだけ意識しないようにして、何でもないことのように答える。
「うち片親だからさ。」
「そっか、大変だね。」
「じゃあ冬木は無理か〜」
「気にせず行ってこいよ。あ、お土産はよろしく。」
俺の意図が伝わったのか、はたまた高校生にもなれば聞いて良い事と悪い事の分別が付くのか、それ以上突っ込まれることがなくて安心した。その時草薙が鞄を肩にかけ席から立ち上がった。明日から十連休なので次顔を合わすのは十日後だ。そう思うと何となく惜しくなって、俺は草薙に声をかけた。
「じゃあな、草薙。」
「はい。」
「またねー草薙くん。」
俺に釣られて声をかけた花田に、草薙は会釈だけを返した。草薙が教室を出たことを確認した桂木が俺の顔を覗く。
「冬木って草薙と仲良いよな。」
「まあ隣の席だし。」
何でもない風を装ってありきたりな返答をする。
「草薙ってさ、たまに先輩と一緒に帰ってね?」
柊の言葉にドキリとした。
「あ、それ私も見た!なんか背が高くて体格いい人だよね。」
「そうそう。草薙って部活入ってないだろ?どういう関係なんだろ。」
「冬木なんか知ってる?」
「え?いや、知らね。」
平然を装って知らぬ存ぜぬを決め込んだ。草薙がたまに一緒に帰っている背の高く体格のいい先輩とは、十中八九秋田先輩のことだろう。草薙と秋田先輩の関係は誰も知らない。ただ一人、俺を除いて。
「なんか近寄りがたいよね、草薙くんって。」
立花のそんな呟きは、柊のそんなことよりゴールデンウィーク!と言う言葉によって消えてしまった。その後ファミレスに移動して、結局連休の予定が決まって家に着いた時には、時刻は二〇時を超えていた。玄関に入るとリビングから光が差していて、俺は息を呑んだ。いつもはもっと遅いはずなのに……
「快、お帰りなさい。」
「母さん……帰ってたんだ。仕事お疲れ様。」
恐る恐るリビングに入ると、二人用のダイニングテーブルに母さんが座っていた。テーブルの上にはハンバーグとポテトサラダと味噌汁が並んでいる。
「晩ご飯作ったのよ?食べましょう、お腹空いたでしょう?」
「え?あ、うん。ありがとう。お腹空いた。」
ファミレスで食べてきたなんて言えなくて、右手で腹を摩って見せた。キッチンをチラリと見ると、料理に使ったであろうボウルやフライパンが無造作に置いてあった。野菜の切れ端も調味料もそのままになっている。俺は笑顔を貼り付けて席に着いた。ニコニコと笑っている母さんが、俺の顔を見ながら話し始める。
「そういえば明日から十連休でしょう?お母さん、明日お休みもらったからどこか行こうか。」
「え?明日から毎日引越しのバイトだって言ったよね?」
「でも、せっかくの連休なのよ?職場にも無理言ったんだから。」
「でも……無理だよ。初日だし、急に休めない。」
「何よ、それ。」
しまった。気がついた時にはもう遅く、母さんは身体をグッと前のめりにし、俺の顔を覗き込んできた。髪の毛が味噌汁に浸かっているが、気づいていないのだろう。
「せっかくお休みもらってきたのに?快が寂しくないようにって私いつも頑張っているでしょう?なんで快はわかってくれないの?」
「いや……わかってるよ。」
「わかってないじゃない!」
母さんはバンッと勢いよくテーブルを叩くと同時に立ち上がった。振動で味噌汁の椀が倒れ中身が床に溢れていく。俺は汁がポタポタと落ちる様子を、ただじっと見つめていた。
「快のためにやったのに!何で喜んでくれないの!何で返してくれないのよ!」
母さんは涙を流しながらキンキン声で捲し立てていたかと思えば、まるでスイッチが切れたかのようにピタッと止まった。ああ、またいつもと同じことを言うのか。
「本当にお父さんそっくり……」
母さんはそう呟くとリビングを出ていった。きっと部屋で目についた紙を手当たり次第に破り捨てるのだろう。この癖があるから重要な書類は全部俺の部屋で保管している。基本は綺麗好きだから風呂には必ず入る。風呂上がりにはいつも水を飲みにリビングへ来るので、その前にここもキッチンも片付けておかないといけない。ああ、風呂も沸かしておかないと。重い腰をあげ、とりあえず溢れた味噌汁を拭くためキッチンに台拭きを取りに行った。すると先ほど覗いた時は見えなかった汚れや洗い物が目に入ってきて、俺は思わず長いため息をついた。
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