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愛はガラス8

「やっと見慣れた場所だ」 隣を歩く颯太がほわっと顔に笑みを浮かべる。二つ分のキャリーケースが立てるカラカラという音が辺りに心地よく響く。 空港で解散して、僕らの最寄駅から今はそれぞれの家に向かっている。 沖縄は楽しかったけど、やはり見慣れた風景は安心する。 「修学旅行終わっちゃったね」 「うん。もうあとは完全に受験モードかぁ……」 颯太が盛大に溜め息を吐いた。 修学旅行が私立は遅いらしいから、スタートは遅れているはずだ。しかしそれとこれとは別問題。 僕も同じように息を吐き出してしまう。 「どんどん空気もピリピリしていくんだろうね」 「やんなるね。十分休みとか昼休みとかずっと勉強するようになるのか」 「今既にやってる人いるもんね。僕は来年度からで……いいかな」 「俺はどうしよ。勉強やだな」 辟易した表情の颯太。それにクスリと笑みをこぼす。 口角を上げて颯太の顔を覗き込んだ。 「そんなこと言って颯太は頭いいくせに」 「そんなの亜樹だってそうじゃん」 「え〜馬鹿にしてる?」 「してないって!」 なんだか気分が良くて、慌てる颯太の腕にぎゅっと抱きついてみた。 それに颯太はなぜか目を丸くする。これくらいなら今ではやることもあるのに。一瞬離そうとしたが、すぐに腰に手が回ったのでやめた。 そのまま二人でゆっくり歩いていく。 空はすっかり橙色だ。黒じゃなくて、オレンジ。 「そういえば柊先輩は受験もうすぐかな」 「んー、柊は推薦受けてそうだな」 「えっ? じゃあもうとっくに?」 「いや、柊の受けるとこは推薦でも遅いよ。多分もうそろそろ結果なんじゃないかな」 「そっか……。大丈夫だよね、きっと」 「まあ、平気だよ。柊なら」 最近は柊先輩に全く会っていない。そもそもこの時期は迷惑だとわかっているから、連絡を取ろうとも考えなかった。 心の中でそっと応援し続けていただけ。 早く結果が出るといいな。

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