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With memories 2

「失礼します」 「そんな緊張せずともよい」 俊憲さんはフッと微笑むと、前の席二つを掌で示す。 僕が俊憲さんの前、誠也がその右隣にかけた。 横目で誠也を見る。やはりその顔はどこか強張っていた。僕の思い過ごしではないと思う。 「……あっ」 痛い沈黙が始まりかけたこの場に柔らかい声が落ちてくる。その正体は亜樹。 そちらへ視線を向けると、亜樹は慌てて口元を押さえていた。 「どうしたの?」 そんな彼に苦笑しながら颯太が言う。亜樹は一回他の人の視線を見てから口を開く。 「……前に、会いましたよね?」 「……おれ?」 「はい……」 初対面のせいか亜樹は少し臆す。対して誠也もまさか自分に声がかかるとは思っていなかったのだろう。思わず目を丸くしている。 「えっと、去年のクリスマスイブ……cielo azzurroってお店で……」 誠也はそこまで聞いてなお首をひねる。 去年のクリスマスイブといえば誠也は確か出張だったはず。会わなくなっても電話はごく稀にしていた。 その時の電話の内容。思い当たる節が一つ。 「……ぶつかった人、か?」 「えっ、あ、はい。そうです」 「ぶつかった…………あー! あの時の!」 そう。あの時誠也は誰かにぶつかったらしい。それに対して小言を言ったから覚えている。 しかしまさかそんなところで偶然出会いを果たしていたとは思わなかった。世の中は狭いというのか、奇跡というのか。 「怪我しなかったか?」 「大丈夫です」 「これはあの時聞くべきだったな。悪い」 「いえ、そんな……。別に転んだわけではないですし……」 「まあそうか。だけど、」 誠也のつま先を軽くつつく。 口調が完全にいつものものになっているし、俊憲さんの存在を忘れている。 誠也は僕の指摘にやっと口を閉じる。 「すみません」 「いや。仲が良さそうでなによりだ」 依然として柔らかな態度を崩さない俊憲さん。彼にとっては意味のない会話だろうに、まるで楽しんでいるようだ。いや、きっと本当に楽しんでいるのだろう。

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