462 / 961
With memories 7
春の匂いが微かに漂い始めた空気の中、ゆっくり足を進めていく。
卒業式で僕のやることは特になかった。答辞はセンター前に合格した者が担当していたため、ただ座って様々な言葉を聞き、時には立ってさめざめとした歌を歌っただけ。
教室に戻ってからも、担任へのサプライズ等を済ませ、クラスメイトの言葉や誘いを受け。学校用の笑顔を振りまいてからそれなりのところで去った。
颯太と亜樹が中庭で待っているのだ。
どこの教室も部活のお別れ会で埋まっているため、仕様のない選択といったところ。
「九条会長!!」
そうして中庭に続く渡り廊下に出た時だ。背後から複数の足音が駆けてくる。
声と人数で誰かはすぐにわかる。フッと笑みが浮かんだ。
振り返る。
「僕はもう会長ではない」
「俺たちにとってはずっと会長です」
生徒会で一緒だった一、二年の生徒が僕の前に並んだ。そして真ん中の一人が一歩前へ出た。
「会長、ご卒業おめでとうございます」
その言葉に続いて、後ろの生徒も口々に祝いの言葉を述べる。そして現会長から花束を渡された。
引退の時にも似たようなことをしたというのに、わざわざまた用意してくれたらしい。
「ありがとう」
笑顔を向ければ、向かいでは唇を噛む。
「会長、本当にいなくなっちゃうんですよね……」
「ああ。もう卒業したからな」
「そうですよね……いなくなっちゃうんですよね……」
俯いていたり、拳を作っていたり、歯を食いしばっていたり。皆が皆、それぞれ悲しみを表している。
特に現会長は不安もにじませている。
腕の花束を持ち直す。かぐわしい匂いがふわっと立ちのぼった。
「不安がることはない。皆、よくやれている」
「……でも、でも俺……会長みたいになれる自信ないです……」
「何も僕の真似をする必要はなかろう。自分たちらしい形を築けばいい」
「はい……」
「大丈夫だ。それに、送辞は立派なものだった」
念押しに一言付け足せば、現会長の顔に笑顔が広がっていく。
僕も僕で昔よりは自然な笑みを向けられていると思う。
「はい!」
元気な返事に頷く。
そしてふと視線を横にずらす。中庭のベンチに颯太と亜樹の姿が見えた。
「自信を持ってやっていけばいい」
「ありがとうございます」
「では待ち合わせをしているから」
「はい。さようなら」
「ああ」
頭を下げる下級生を背に、僕は身を翻した。
ともだちにシェアしよう!