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With memories 9
「今生の別れではあるまい。たまにはこちらへ帰ってくる。だから泣くな」
「僕とも会ってくれますか……」
「ああ。それに連絡先を知っているのだから文字でもやりとりはできる」
「……はい」
亜樹が目元をこすって鼻をすする。隣の颯太は愛しそうな笑みで亜樹を見る。
そして僕の方へ視線を向けると、柔らかな表情で一回頷く。それに僕は笑みを返す。颯太とはこれくらいがちょうどいい。
「ねぇ、亜樹。俺のこと忘れてない?」
「へ……?」
それから颯太は朗らかな声をあげ亜樹を覗き込んだ。
「俺という恋人がありながら、柊、柊って」
「ち、ちがっ……そうじゃなくてっ……」
「悲しいな〜……」
「わ、あ、ごめん、颯太っ……」
「じゃあ亜樹からキスして」
「え!?」
亜樹の顔が真っ赤に染まる。
こいつらはこうやってすぐ甘い空気を撒き散らす。こないだああ言われたが、やはり誠也と僕は負けるに決まっている。
「僕はもう行くぞ」
「うん。頑張って、柊」
「ああ」
「あ、柊先輩っ……えっと、頑張ってください」
「ああ。じゃあまた」
もうここに留まる空気でもないと早々に別れを告げる。
あっさり認める颯太と、やはり慌てる亜樹。
もう二度と会えないわけではない。だからこれくらいが適切なのだろう。
笑みをこぼして歩き去る。
中庭から直接校庭に出て校門に向かう。周りには下級生くらいしかいない。やはり卒業生はまだ多く校内に残っているみたいだ。
そういえばどこか遊んで帰ろう、なんて声をかけられた。しかしそれを断って今日は帰る。
学校を出て、向かうのは久我の家とは違う方向。
若干の早足で街を進んでいく。
大切な存在を与えてくれた街。もはや見慣れてしまった街。
何度男に誘われたか。何度危険な目にあったか。
でも、その度に。
「おう、柊。おめでとう」
「ああ」
いつものシャッターの前には愛しい人が、立っている。僕はいつもより一歩、多く近づいた。
誠也は、迷っても迎えに来てくれる。
誠也は、いつでも待っていてくれる。
そんな、人間だ。
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