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迷いは喧騒の中2

一瞬、しんっとその場が静まった。 いや、それはあり得ないのだけど。人混みは変わらずあるからそれなりに人の声は聞こえる。けれど何人かが振り返るくらいには、柊先輩の声は大きかった。 僕も颯太も、それから村本さんも、驚いて動きを止める。 柊先輩は叫んだ後にハッと目を見開いた。 「……トイレに行ってくる」 「柊!」 口早に呟いて歩き去ろうとする柊先輩。村本さんはその肩に手をかけた。 パシッと音が鳴って、その手は振り払われる。 振り払った柊先輩の瞳には、明らかな動揺が浮かんでいる。 「てめ、このクソ餓鬼っ……」 「村本さんっ」 再び歩き出した柊先輩に無理に手を伸ばす村本さんを、颯太が止める。 「二人とも落ち着かないと。亜樹は柊について行ってあげて」 「あ……うん」 確かに今この場で二人を話し合わせてもこじれそうだ。 僕は頷いて柊先輩の方へ駆けた。 元から歩くのが早い人だから追いつくのに苦労する。しかしなんとかその背を見つけて、横に並んだ。 「僕もトイレ、行きたいです……」 気の利いた言葉を言えないのが申し訳ない。 軽く視線を落とす僕を柊先輩はちらりと見た。 「見苦しいものを見せてすまなかったな」 「いえ、そんなことは……」 「全部僕が悪いな」 柊先輩はふっと溜め息を吐いてやや上を見た。 どこまでも続く青い空に思考を委ねているのかもしれない。 「ちゃんと理由、話してあげてくださいね」 「……ああ。今回ばかりは、ちゃんと言う」 柊先輩の表情は少し強張っているように見える。やはり自分の気持ちを話すことが苦手なんだと思う。 それから少し、不器用なんだろう。 境遇と元の性格と。 でも村本さんは柊先輩のそんなところすらも愛してくれているから、二人は一緒にいる。 何にも心配はないなと、笑みがこぼれた。

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