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迷いは喧騒の中5
首を動かせば視界に入るのは村本さんと、颯太。
颯太と目が合って、瞳にあっという間に涙が浮かんだ。颯太は『少し待ってて』と唇を動かす。
「誰だよ、お前。オレらはこの子に用があるんだけどなぁ」
村本さんの鬼の形相に男は怯まない。身長が同じくらいだから、同等の目線で睨み合う。
「そいつはおれのだ」
「ふざけ……つっ!」
しかしすぐに勝敗は明らかになった。
村本さんが手の力を強めたのだ。男の顔は痛みに歪み、すぐに村本さんの恐ろしさに気づく。
残された三人もその様子をじっと見る。誰かから唾を飲み込む音が聞こえた。
「くっそ……! 離せ!」
男が強がって腕を振ると村本さんはあっさり手を離した。
男は最後に僕たち全員をひと睨みして脱兎のごとく逃げていった。それにつられて他二人も逃げていく。当然僕を抱きしめていた男も、腕を解いて駆けていった。
「亜樹!」
すぐに颯太がぎゅっと抱きしめてくれて僕も夢中で抱きつく。
安心する。すごく、安心する。
それから、本来ならここで慰めてもらったり、状況説明したり、といったやりとりがあるんだろうけど……。
今回ばかりは恐怖以上に柊先輩と村本さんが気になってしまった。
颯太の胸の中からちらりと二人をうかがう。
無言の村本さんはつかつか柊先輩に歩み寄った。
「てめぇ、勝手に怒って、いなくなって、迷子になったと思ったら、なに男に絡まれてんだよ」
そして文句をまくし立てる。眉間にしわが寄って、目の前にあると考えたら、怖いと、僕は思う。
しかし当然、柊先輩が怯むはずもなく。
「煩い。僕に妙な機嫌で絡んできたお前が悪い」
「はぁ? それに苛つくほど怒ってたてめーが悪いんだろ」
「黙れ。僕は怒ってはいない」
「じゃあなんだよ」
「苛ついてたんだ」
「変わんねぇだろ」
「阿呆か。全く違うだろう」
睨み合って言い合う柊先輩と村本さん。
僕と颯太は目を丸くして二人を見つめることしかできない。
「クソ餓鬼っ……あー、じゃあもう行くぞ」
「は? どこへだ」
「どこかだよ」
「くそ、離せっ……」
しかし急に村本さんが柊先輩の腕を掴んで歩いていく。きょとんとする僕に、颯太は「俺らも行こっか」と言って同じように腕を引く。
とりあえず従って、岩壁の区域を出る。やっと空を拝めた。
気づけばあたりはオレンジ色。
どうやら迷子になってうろちょろして、果ては絡まれている間にそこそこの時間が経ってしまったらしい。
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