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聞こえぬ足音2
カサカサ音が少し近くなって、僕は更に固まる。それに気づいた颯太はまた頭を撫でる。
「亜樹、俺外に逃がしてくるから待ってて」
颯太は凄い。
あんなおぞましいものを目にしても、こんな冷静で。
それに逃すのは虫のためだし、僕のためだし、一番望ましい行動だ。
わかっている、のに。
「やっ……」
離れかけた颯太の胸に、僕はついすがりついてしまう。
「……一緒に行く?」
「ん……」
ちらっと顔を上げると、颯太は涙の溜まった瞳にキスをくれた。
「先に行かないからここにいてね」
「……? うん」
そして笑顔を向けてから、掃除用具ロッカーに向かった。中からバケツを取り出して、虫の袋を中に入れる。
それから僕の元へ戻ってきた。
「これなら大丈夫」
「ごめんね」
「こういう時は違うでしょ」
何回言ったらわかるのって感じで颯太が微笑む。僕はハッとして、口を開く。
「……ありがとう」
「うん。亜樹が可愛いから何でもいいんだけどね」
「うん……ありがと」
こんな面倒をかけても嫌な顔ひとつしない。
あぁ、好きだなぁってしみじみ感じた。
並んで教室を出る。
颯太の近く、かつ極力バケツから離れて歩く。カサカサって音は微かに聞こえる。
「よくもまあこんなに集めたよね」
「うん。僕には無理……」
「俺も。しかもわざわざ袋に詰めて逃げないようにしてんだから」
「……あ、そういえば酸素は?」
「袋に小さな穴が空いてる」
自然と視線が絡んで、二人同時に溜め息が漏れた。考えていることは同じのよう。
だって悪質すぎる。僕をいじめるために頑張りすぎだ。でも目的は皆目検討もつかない。
それ以外は平和なのになぁ。
嘆いても打つ手なしだ。耐えるしかない。颯太がいれば、僕は絶対に平気。
袋の中の虫は、颯太が花壇の中に逃がした。
外の空気は微睡むほどに穏やかだった。
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