517 / 961

安穏1

五月の陽気。暖かな日の光が僕の席に降り注ぐ。 僕のロッカーには辞書や資料集が並んでいて、机の中には教科書がある。 姫野くんが清水くんに惚れた次の日から、いじめはぱったり止んだ。今ではもう前と殆ど変わらぬ日々を過ごしている。 ああ、穏やかな日々って素晴らしい。 「渡来の弁当っていつも美味そうだよなぁ」 目の前の清水くんが羨ましそうに僕の弁当箱を覗く。その手には購買のパンだ。 三年になってからも清水くんと一緒にお昼を食べることはある。凛くんたちが加わったり、逆に颯太と二人きりだったり、パターンは色々。いずれにせよ楽しい。 「ただの残り物だよ」 「亜樹、一口ちょうだい」 「だからだめだって何度言ったらわかるの」 「けちだなぁ」 「夫婦喧嘩やめろって」 気楽に笑える瞬間。それが戻ってきて嬉しい。 だけど実は日常は変化していた。清水くんはこのところ毎日僕らと一緒にお昼を食べる。それも頑なに。 その理由といえば。 「れーんくん!」 「げっ」 教室の入り口から聞こえてきた声に清水くんは心底嫌そうな顔をする。 姫野くんが嬉しそうに手を振りながら僕らの席へやってきた。その瞳はもちろん清水くんだけを見つめる。 「一緒にお昼食べよ!」 「俺は渡来と間宮と食ってんの!」 「今日のお弁当何かな〜」 姫野くんはあっさり清水くんの隣を陣取って、机にお弁当を広げる。僕らのことはやはりいないものとして通すらしい。 そう。あの一件以来、毎日毎日、姫野くんが清水くんのところへやってくる。そこから逃げるように清水くんは僕らと昼食を共にしていた。 まあ、この方法をとったからといって、清水くんの負担が減っているかといえば、肯定はできないけれど。 それから姫野くんのことについてわかったことがいくつかある。 姫野くんは校内に何人もの恋人がいるらしい。恋人のいない気に入った人には片っ端からアタックしていって、とりあえず落とす。そしてたくさん愛を注いでもらって、飽きてきたら次の恋人も作る。そうやって次々増やしているとか。 それでも付き合い方が上手くて、 別れる人数はゼロに等しいという。 凛くんが教えてくれた。そもそもよほど情報に疎くない限り知っていることだという。 颯太に関しては不登校だったせいもあり、情報不足だった。だから恋人がいながら迫ってしまったのだろうと。 これは轟くんが話してくれた。 これを初めて聞いた時、僕も颯太も驚いたものだ。

ともだちにシェアしよう!