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焦燥の熱さ4
ゆっくり息を吐き出して、視線を上げる。
コート全体が視界に入る。相手選手も全員よく見える。チームメイトも、隣のコートも、応援席も、全て見える。
随分視界が狭まっていたみたいだ。
「亜樹くん、無意識に後ろに下がってるよ。だから手首に当たっちゃってる」
凛くんが僕の腕の構えを修正して、それから手首と肘の中間あたりをさする。
「ここら辺に当たったら、弾かずに上がると思う」
「うん。凛くん、ありがとう」
「あの人、意地悪だよねぇ。まあ、頑張ろう」
「うん、頑張ろう」
改めて相手コートを見据える。彼はやっぱり僕を見ている。
でも大丈夫。
痛みにも慣れた。周りも見える。ボールも見える。
彼がボールを投げる。その手がボールに触れる。次の瞬間、ボールはこちらのコートへやってくる。
多分今まで僕は目を瞑っていた。でも今は意識して目を開けている。ボールがよく見える。
及び腰にならないようにして、腕に力を入れて。
あっという間にやってきたボールは、凛くんの言った場所に当たった。
「……あっ……!」
弾かれることなくボールは打ち上がり、運良くコート内に返る。
「渡来ナイス!」
同じチームの人が言って、ボールをトスした。そこに一人が突っ込み、スパイクする。
ちょうど前衛と後衛の隙間に落ち、ボールが床に触れる。
ピッと笛の音。
「あっ……、や、やった!」
「亜樹くん!」
わぁぁってチーム内で声が上がる。応援席からも大声が上がった。
やっと切れた。七点も取られてしまったけど、やっと。
凛くんがぶんぶんと僕の腕を振る。チームメイトも駆け寄ってくる。
それらに答えながら、僕は応援席に目を向ける。
颯太は他の応援者と同じように立ち上がっていた。
興奮して轟くんに何か言っていた颯太は僕の視線に気づく。
そして愛しそうに笑ってくれた。
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