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きよみずの清さ1
○ ● ○
はぁ……と口から溜め息が漏れる。
今日は曇天。おまけに空から水まで降ってきている。しとしとと音が校舎の中にまで聞こえるのだから、嫌になる。
雨は気分が下がるから好きではない。だから梅雨も好きではない。今日は颯太が用事で先に帰ってしまったし、更に憂鬱。
「亜樹先輩、どうしたんですか?」
「あっ、仁くん……」
隣の仁くんに言葉をかけられてやっと今の状況を思い出す。
勉強会が終わって、仁くんに読んでもらう本を探している最中だった。目の前には僕の好きな作家たちの本が並んでいる。
「何か悩みでもあるんですか?」
「えっと……ううん」
「えー、深刻そうでしたけど」
雨が憂鬱だからと言ってもきっとこの子は納得しない。そうやって誤魔化そうとしてもだめです、なんて言ってきそうだ。半分は本当なのに。
少し視線を彷徨わせる。そして本が目にとまる。
「あのね、この作家さんいるでしょ?」
「はい。亜樹先輩よく勧めてくれますよね」
「この人の処女作が読みたいんだけど、なかなか見つからないんだ」
「そうなんですか……」
ちょうど取ろうとしていた本の作家に助けられた。
この話は作り話ではない。確かに探している。ただ爆発的に人気というわけでもないし、その上少し昔の人だから、作品が見つからないこともしばしば。そのため処女作は全く見かけない。
「あれ、もしかして……その作品名『照準』だったりします?」
「え? うん、それで合ってる」
「それなら俺の家にありますよ!」
「え!?」
衝撃で仁くんに渡す本を取り落としそうになった。
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