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きよみずの清さ3
○ ● ○
放課後の廊下を歩いていく。
今日は雨だからサッカー部の練習は中止になってしまった。今週のオフ日が晴れの予報なので、その日にやろうとなり、今日は振替休日のような状態だ。
だから今日はおとなしく帰って、洗濯と米とぎをして、それから勉強だ。
「蓮くーん!!」
「……」
背後から聞こえてきた声を無視して歩き出す。無視くらいはもう良心が痛まなくなってきた。
毎日毎日つきまとう姫野。どうやってそんなにも俺の居場所を特定するんだ。
迷惑で仕方ない。
俺には渡来という好きな人がいるし、第一姫野のような誰にでも愛されようとする人物は苦手だ。手慣れた感じが恐ろしい。
「もう、無視しないでよ〜! わっ!」
パタパタ廊下を駆ける音がして、それがこける音に変わった。
「…………」
口から息を吐き出して振り返る。
姫野は立ち上がろうとしているところだった。その周りにはプリントがばら撒かれていた。
「いたた……」
膝をさする姫野の横で俺はプリントを拾い集める。
「どこまで」
「えっ……手伝ってくれるの! やっぱり蓮くん優しいね!」
「いいから質問に答えろ」
「職員室だよ!」
抱きつこうとする姫野から一歩離れる。姫野は瞳を煌めかせて嬉しそうにしている。
これは単に気が向いただけ。人がこけたのに、それが嫌いなやつだとしても、無視するのは人間として酷い。そのついでに量がやたら多いプリントを手伝ってやるだけだ。あくまで常識的な人間の範囲として。
本当なら隣を歩きたいなど思わない。
「半分は持て」
「とか言いつつ半分以下にしてくれるの優しいね!」
「お前がチビだからだよ」
「照れちゃって〜!」
姫野を無視して歩き出す。
「待って待って!」なんて言いながら姫野はついてきた。そして横に並ぶ。
その表情はいつもの笑顔より嬉しそうだ。誰にでも好意を寄せるくせに、些細なことでこういう顔をする。そういうところに、他の奴らは魅せられるのかもしれない。
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