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きよみずの清さ5
○ ● ○
仁くんの家は僕の家と逆方向だった。電車で少し行ったところ。遠くもなく、近くもない感じ。
「家ここです!」
「おお〜綺麗な家」
「見た目だけですよ」
仁くんはへらりと笑って玄関前の階段を登る。
クリーム色の外観に、オレンジ色の屋根。可愛らしい感じだ。
玄関の横に犬の置物が置いてあって、welcomeと書かれた板を持っていた。ラブラドールだろう。可愛い。
「どうぞ、亜樹先輩!」
「ありがとう。お邪魔します」
促されて僕が先に入る。
見た目だけでなく、中も綺麗に整頓されていた。
玄関には男物の靴、女物の靴、それから女の子用の靴が置いてある。
そういえば杏ちゃんはいるのだろうか。色々あったけれど、元気にしているかな。少し会いたい気もする。
「俺の部屋にその本あるんで、こっちです!」
仁くんが玄関からまっすぐ行った位置にある階段を登り始める。
「うん。あのさ、杏ちゃんは元気?」
「ああ、そういえば迷惑かけたみたいで……」
「えっ、知ってるの?」
「なんか大人の女になるぞーって張り切ってましたから」
「それで聞いたんだ」
「なんか楽しそうに話してくれました」
「楽しそうに……」
杏ちゃんにとって『失恋』ということになるのだろうけれど。やっぱり強い子みたいだ。
僕の方が弱くて、杏ちゃんよりよっぽど酷い対応をしてしまった。杏ちゃんは大人だった。
かといって気持ちに応えられるかと言われれば、首を横に振るしかなくなる。申し訳ないが、これだけは譲れない。
「まあ、あいつ強いんで大丈夫です。全然元気ですよ!」
「……うん。ありがとう」
「あとここです! 俺の部屋」
階段を登りきり、ドアをいくつか過ぎて、一つのドアの前にたどり着く。
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