597 / 961
きよみずの清さ8
「そんな悲しい顔しないでください。好きなのは本当なんです。亜樹先輩が大好きだから、近づきたかったんです……」
「好き、って……」
仁くんが悲しそうに眉を歪める。可愛い方の仁くんがしそうな表情で、思わず良心が痛んだ。
でも次の瞬間には、フッと笑う。
「もちろんこういうことしたいの好き、ですよ」
「ちょっ、あ……」
するりと仁くんの掌が僕のシャツの中に入ってくる。仁くんの掌はあまりに冷たくて、僕は身動いでしまう。
そもそもこれはいけない状況だ。僕は颯太以外の人に体を許してしまうことになる。
「やめて、仁くん。だめだよ、こんな……んっ」
「そう言いつつ感じてるんじゃないですか?」
指がへそから胸を辿る。ピリピリとした感覚が体を抜ける。
やばい。やばい。だめ。
仁くんの体を押し返そうとするけれど、両手が塞がっているので叶わない。
「亜樹せん……」
バタン!
突如階下からそんな音が聞こえてくる。それは玄関のドアが閉まる音だ。
なぜか仁くんは眼を見張る。
「仁! 練習着だせ! 使ってないけど洗うぞ!」
するとすぐに下から声が聞こえてくる。仁くんは舌打ちをした。
というかこの声……。
「あとで出す!」
「とか言ってお前出さねーだろ!」
声の人物が階段を登ってくる音がする。その足音は仁くんの部屋に迫る。
「わかった! 今出すから、部屋は開け……!」
「ほら! はや、く……」
その人物が思い切りドアを開け放つ。押し倒され、腕を縛られた僕と、彼の目が合う。
「……渡来?」
清水くんは目をパチクリさせてそう言った。
ともだちにシェアしよう!