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凛々奮闘記5

視界が急激に移動した。 本来なら怒りつつも自分の本音を言いはじめるとか、なにやら意味わからない主張をしはじめるとか、そういう人なのだけど、たかちゃんって。 今は、たかちゃんの顔が目の前にある。 そして唇に、感じたことのない、感触。 「……こういうことだよ」 「…………へ、なに……」 掴まれていた胸ぐらが離され、唇の感触も消える。 ……キスされた。たかちゃんに。 「こういうことしたくなるから、会わねーの!」 「……なに、それ……」 呆けたおれ。真っ赤になるたかちゃん。 「俺だって分かんねーよ。でも凛が好きなんだ。こういう意味で」 自分から思い切った行動をしたくせに照れるなんて、少し可愛いなって思ってしまった。 それどころではない。でもそう考えられるほど、心は落ち着いている。 「……おれが、嫌がるって」 「当たり前だろ。だから悩んだんだよ。でも凛を傷つける前に、離れたかった」 「……馬鹿でしょ、たかちゃん」 「あ?!」 おれに告げるのが辛いなら、わざわざ伝えることなんてしなければいいのに。無言で離れればいいのに。 優しい、優しい……人。昔から。 半分やけで怒鳴るたかちゃんの袖口を引っ張る。勢いでよろけたたかちゃんがおれの方へ来る。おれはその反動でたかちゃんの胸に沈んだ。 「……嫌じゃなかったから、おれも好きなのかも〜……」 「……本当かよ?」 「……わかんない〜」 「誤魔化すな。真面目に答えろ」 「……うるさいな」 本音を言うのって、結構照れる。おれの顔を見ようとするたかちゃんに必死に抵抗した。 川のせせらぎがそんなおれらを包み込んでいた。

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