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瞬刻の想い6

棚やラックの合間、ちょうど死角になっているところへ連れ込まれた。 そして壁に押し付けられ、やっと犯人の顔が見える。 「じ、仁くんっ……?」 「はい、亜樹先輩」 それは仁くんだった。綺麗な笑みを向けられる。 可愛い後輩だと思っていた時期の笑顔の気配は露ほどもない。どちらかといえばもっと歳上に見える笑顔だ。 「な、なんで……」 「帰る方向いつもと違ったので」 「え、な……」 「プールの話したので水着かと思って、部活終わりに速攻で来ましたよ」 仁くんの行動力と推察力に唖然としてしまう。 いくら水着と見当をつけたとはいえ、何軒もあるのだから探すのは骨が折れただろう。そこまでして僕を追いかけてくるなんて。 「亜樹先輩と二人きりになりたかったんです」 「や、僕は困る……かな」 妖艶な笑みから視線を逸らす。 両腕を掴まれて壁に押し付けられているから、逃げることはできなそうだ。力の差は歴然だし。 それに本性がわかっても、後輩なことには変わりない。だから乱暴な行動に出るのをためらう。 「そんなこと言わずに……」 「だ、だめ」 仁くんが唇を寄せてくるから俯く。キスはだめ。絶対にだめだ。 「ダメですか……?」 すると仁くんが前のような可愛らしい表情で僕を見つめてくる。その哀しげな視線に、ぐっと胸を抉られた。 でもこれは、演技。本性は、あっち。 「……だめ」 「そうですか……わかりました……」 仁くんはふぅと溜め息を吐いた。

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